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「記憶の中、母を探す」=曽我さん、果たせぬ再会―北朝鮮拉致、帰国から20年

小泉純一郎氏と金正日総書記は、拉致被害者の帰国を協議した. (AFP)
小泉純一郎氏と金正日総書記は、拉致被害者の帰国を協議した. (AFP)
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15 Oct 2022 01:10:00 GMT9
15 Oct 2022 01:10:00 GMT9

北朝鮮による拉致被害者のうち5人が帰国してから15日で20年を迎える。

帰国した被害者の曽我ひとみさん(63)は、今も消息が分からない母ミヨシさん=拉致当時(46)=の帰りを待ち続けている。

時間の経過とともに母を思い出せなくなっているといい、「記憶の中で母を一生懸命、探している」と苦しい心境を明かす。

曽我さんは1978年8月12日、新潟県真野町(現佐渡市)で買い物から帰る途中、自宅近くでミヨシさんと共に拉致された。

北朝鮮が日本人の拉致を認めた2002年9月17日の日朝首脳会談の翌月、曽我さんは約24年ぶりに帰国を果たしたが、ミヨシさんとは拉致されたあの日から一度も会っていない。

日朝首脳会談の当日、曽我さんは日本の調査団と北朝鮮で面会。

その場で見せられた写真の人物がミヨシさんと分からず、「誰ですか」と尋ねてしまったという。

「あれほど恋い焦がれていた母の顔が分からなかった。どんなに考えても写真の母は違う人に見えた」と振り返る。

帰国後は佐渡市に住み、ミヨシさんの早期救出を求めて署名活動や講演に取り組んでいる。

ミヨシさんは現在90歳。曽我さんは「90歳の母の顔、姿をどうやって思い描けばいいのか分からない」と話す。

どんな暮らしをしているのか。

身の回りのことを自分でできるのか。

心配の種は尽きない。

帰国できていない拉致被害者の帰りを待つ他の家族の高齢化も気に掛けている。

再会を果たせずに亡くなる親世代が一人、また一人と増える事態に「憤りしか出てこない。

こんな現状になる前に何とかできなかったのか」と心を痛める。

ミヨシさんとの思い出は、拉致された19歳の夏で止まったままだ。

取材に応じた曽我さんはこう呼び掛けた。

「大好きな母ちゃん、帰ってきたらいっぱい話したいことがあります。

一日も早く、帰ってくる日を待っています」。

時事通信

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