ウバイ・シャーバンダル
ワシントン:欧米諸国から譲歩を引き出すための計算された人質戦略だと考える人が多いが、二桁に上る欧米市民がイランに拘束されている。
人質になった経験のある多くの欧米人が、イランの悪名高いエヴィーン刑務所に拘禁されていた間に、日常的に身体的・心理的な虐待を受けたり、医学的治療を拒否されたりしたと明かしている。
人質経験のあるオーストラリア人は、 「毎日が苦難の日々だった」と述べている。
正式には包括的共同行動計画(JCPOA)と呼ばれる2015年のイラン核合意の復活を目指すウィーンでの協議で、イラン側交渉者はイランの刑務所に拘束されている欧米市民を取引材料に使うことを試みている。
伝えられるところによると、英国、フランス、ドイツ(E3と括られる)と米国の上級外交官は、欧米諸国の刑務所に収監されているイラン人との交換、制裁解除、それに数十億ドル規模の凍結資産の凍結解除と引き換えに、イラン国内に拘束されている人質の解放を交渉している。
現在イランが米国人4人を拘束している事実が明らかになっている。その1人がシアマック・ナマジ氏で、商用でイランを訪問中の2015年10月にイランの強力なイスラム革命防衛隊(IRGC)に逮捕された。
2016年2月にナマジ氏の父、モハマド・バケル・ナマジ氏が刑務所にいる息子と面会するためにイランに渡航したが、同じように拘束されてしまった。2人とも2016年10月に起訴され、「敵性国家との共謀」の罪で10年の自由刑と480万ドルの罰金を宣告された。
米国人実業家のエマド・シャルギ氏(56)は、2018年4月にスパイ容疑で最初の投獄を経験した。同年12月に保釈金を支払って保釈されたが、イラン当局は出国を認めなかった。2020年11月に再び逮捕され、エヴィーン刑務所に戻された。
英国国籍ももつイラン系アメリカ人の実業家にして自然保護活動家のモラド・ターバズ氏は、2018年1月に逮捕され、2019年11月に「敵性国家である米国政府との接触」を仲介した罪で10年の自由刑を言い渡された。ターバズ氏は現在エヴィーン刑務所に収監されており、医学的治療を拒否されていると報じられている。
少なくとも1人の米国人人質がイランでの拘束中に死亡したと考えられている。引退したFBI特別捜査官のボブ・レヴィンソン氏は、2007年3月にイランのキーシュ島から忽然と姿を消した後、イランの拘束下で死亡したと考えられている。
レヴィンソン氏が投獄されていることを示す写真による証拠が2011年に明らかになったが、米国政府は氏の年齢、健康状態、投獄期間を考えて、獄死した可能性が高いと判断した。
白羽の矢が立ったのは米国市民に限られない。フランス人のベンジャミン・ブリエール氏は観光旅行でイランを訪れていた際に、イラン・トルクメニスタン国境付近でドローンを飛行させたことと、ソーシャルメディア上でのコメントを理由に逮捕された。スパイ活動と「反体制のプロパガンダ」の容疑で、すでに1年以上拘束されている。
フランスとイランの国籍を持つパリ政治学院の女流人類学者ファリバ・アデルカ氏は、2019年6月に拘束された。イランは二重国籍を認めていないため、フランス領事への連絡や接触は拒否されている。
2020年5月にアデルカ氏は国家安全保障に対する共謀罪で5年、反国家プロパガンダの罪で1年の刑を宣告された。
もう一人の二重国籍者、英国とイランの国籍を持つナザニン・ザガリ・ラトクリフ氏は控訴中だが保釈されており、今はテヘランにある両親の自宅に滞在している。下級審では、2009年の在ロンドン・イラン大使館前で行われたデモに参加してイラン国家を貶めたとして、有罪判決を受けている。
ザガリ・ラトクリフ氏は2016年にイランで最初の逮捕を経験し、スパイ容疑で5年の刑を宣告された。この刑はすでに務め終えている。今回の事件の有罪判決への上訴が実らなかった場合、刑務所にさらに1年間収監され、出国禁止も12カ月間延長という事態に直面する恐れがある。
米政府とE3がどれだけ2つの問題を分離させたいと願ったところで、イランが拘束している欧米人人質の問題は核問題と絡み合っている、と専門家は述べている。
「米国とイランの双方が繰り返し、米国人人質の解放交渉は核交渉とは別の話だと強調しているが、これは理論上の話であって、実際にはこの2つはリンクしている」と、中東担当上級アナリストで統一反核イランの元政策ディレクターであるジェイソン・ブロドスキー氏がアラブニュースに語った。
「米国の視点からすれば、イランの刑務所でつらい思いをして過ごしている米国市民の窮状に何の進展もなく、イランとの核合意を復活させることになれば、ワシントンのバイデン政権にとっては政治的な問題が引き起こされるだろう」
「イラン政府はこれらの二重国籍者や外国人を米国と欧州に圧力をかけるために利用して、さまざまな問題の交渉においてイスラム共和国へのいっそうの譲歩を引き出そうとする」
2016年の交換取引では、イランが解放した米国人人質5人は、米国の裁判で有罪判決を受けたイラン人エージェント7人の釈放に加えて、約20億ドルの凍結資産の凍結解除の見返りだった。2016年にイランでの学術研究中に逮捕され、2019年まで拘束されたシーユエ・ワン氏は、オバマ政権の戦略を批判している。
「オバマ政権による2016年の囚人交換では、米国の刑務所からイラン人囚人を釈放しただけでなく、17億ドルもの凍結資産のイランへの返還が含まれていた。この取引はイラン政府にもっと多くの人質をとることを促した」と、アラブニュースに語った。
「諜報省の尋問官は、米国政府からより多くのイラン人囚人の解放と資産の凍結解除を勝ち取るためにこの私を捕まえた、と得意がっていた」
「トランプ政権のときは、圧力と戦術的妥協によって、米国政府は米国人2人(1人はこの私)と米国永住者1人の解放を1対1交換で勝ち取り、しかも金銭は渡さなかった」
「多くの元国務省当局者が私に語った内容からすると、より多くの米国人人質の解放の合意に漕ぎつけたが、トランプ大統領が選挙に敗北するとイランは交換の約束を取り消して、この問題についてバイデン政権と交渉することを希望したようだ」
最近起こった著名な活動家兼ジャーナリストの米国市民キリスト・アリ・ネジャド氏の誘拐未遂事件は、イラン政府がより多くの欧米人人質を捕まえようとしている点でのリスクを際立たせた。
ブロドスキー氏は、「米国とE3各国はいずれも自国民がイランで捕らえられている。この4カ国が主導して、イランによるこうした行為のコストを高める多国間枠組みを構築する必要がある」とアラブニュースに語った。
「これまでこうした取り組みの大半は二国間でなされる断片的なもので、イラン政府は各国と個別に合意をまとめてきた。共同戦線を張って、人質が解放されるまでの間、イランの外交官との会合を拒否し、国際機関でイラン政府を孤立させるなどの方策を採れば、イランの計算を変える一助になる可能性がある」
「金銭を与えて人質解放を勝ち取っても、イランにより多くの人質をとる動機づけを与えるだけだ。これは避けるべきだ」
英国とイランの二重国籍者で人質になっているナザニン・ザガリ・ラトクリフ氏の夫、リチャード・ラトクリフ氏も同様の見解を示している。氏は最近、英国のドミニク・ラーブ外相に、「国家が人質をとることに対して、英国と国際社会がもっと強固な立場をとって、それを犯罪と呼ばないかぎり」、妻が受けているような苦難は今後も繰り返される可能性が高い、と語った。
数人以上の欧米人の囚人を拘束し続けることで、イランは有力な長期的手段を手に入れてきた。換言すれば、囚人交換や囚人と金銭の交換の取引によってこれまでのところ、外国人をまやかしのスパイ容疑で起訴するというイラン政府の欲求が和らぐことはなかった。
この慣行によって、イランが海外でのテロ攻撃にゴーサインを出すことのコストが引き下げられている。イランはこの武器を使って、海外でのテロ攻撃で捕まった工作員数名の解放を勝ち取ってきた。
2020年に、スパイ容疑でイランの拘束下にあったオーストラリアと英国の国籍を持つ学者カイリー・ムーア・ギルバート氏は、イスラエルの外交官を暗殺し損ねた2012年のバンコク爆発事件で有罪判決を受けた3人のイラン人と引き換えに釈放された。
ドイツとイランの二重国籍を持つ政治学者アリ・ファトラ・ネジャド氏は、「欧米諸国の国籍を持つ二重国籍者がイランによく拘束されている事実に顧みて、欧米諸国はスタンスを定めて共同対応をとる必要がある」とアラブニュースに語った。
「米国とEUは、こうした政治目的での拘束は直ちに政治的な結果をもたらすことを明確にする必要がある。例えば、海外資産を含めて、イラン政府当局者に対象を絞って制裁を科したり、家族の海外での移動の自由を制限したりする。あるいは、テヘラン駐在の外交官の召喚や政治・経済協力の停止といったように、外交的コストを引き上げる」
「こうした拘束は人権規約・市民権規約に違反しており、国際司法の場で訴訟も提起できる。イランの人質捕獲政策に対して欧米諸国がこのような共同対応をとらなければ、イランはより大胆にこうした政策を継続するだけだろう」
ワン氏にとってみれば、外国人人質の解放の実現には、ホワイトハウスの対イラン地政学的戦略を根本的に変更する必要がある。これには核合意の再考も含まれる。
ワン氏は、「バイデン政権は否定しているが、人質問題がJCPOA問題であることは明らかだ。JCPOA交渉の突破口なしに、人質問題の突破口を見出すのはきわめて困難だ」とアラブニュースに語った。
「だが、バイデン政権が熱心に追求する核合意へ復帰がどのようなものになっても、同政権はひどい仕打ちを味わうだろう。そして、イランにいる外国人、特に米国人の人質の苦しみは長引くことになるだろう」
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