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真に問うべきは金正恩氏の生死ではない

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26 Apr 2020 08:04:12 GMT9
26 Apr 2020 08:04:12 GMT9

ハーフェズ・アル=グウェル

北朝鮮で指導者の動静が一時的に伝わらないことなど、さして珍しいことではない。が、秘密国家の体制内事情をひもとかんとするアナリストらと来たらこの手の話にほいほい引き寄せられる。建国の祖であり祖父でもある故金日成氏の誕生日を期して例年錦繍山太陽宮殿を訪れる金正恩氏が、今月はこれをすっぽかしたものだから、同氏の健康状態をめぐり憶測が渦巻いた。

北朝鮮政府は何ら変わるところはないとしている。他方で米国・中国・韓国の軍・諜報当局では一切の情報の信憑性を疑ってかかる。中国や韓国との国境に配備された北朝鮮の軍の動きには変化もなければその兆しもない。これを見れば、姿を見せなくなってからほぼ2週間は経つとはいえ、金正恩氏は依然として北朝鮮のトップとして磐石だということはまず間違いない。

とはいえ、同氏の生死をめぐり憶測が流れるのもよしなしとしない。北朝鮮の国営通信社である朝鮮中央通信は、正恩氏が錦繍山太陽宮殿に姿を見せなかったことはおろか、4月14日に故金日成氏を祝して短距離ミサイルを発射したこと、金日成氏の誕生日である4月15日を前に朝鮮労働党が最高人民会議を開いたかどうかも報じていない。さらにいえば正恩氏にははっきりとした後継者が不在だ。正恩氏が死んだとなると北朝鮮国内が不安定となるのは避けられず、そうなれば国際的にもかなりのリスクとなっておかしくない。

過去には、指導者の交代に際しミサイル実験の増加、国外への挑発、さらには国内の粛清へと進んだ。粛清は意見を異にする者を統制し力を見せつけるためだ。

しかし、かくも揣摩憶測しているばかりでは、急務たる政策(あるいは政策不在)の見直しなど遅れるばかりだ。まさにこのために、北朝鮮の挑発はいつもいつも抑えられずに来ている。

北朝鮮政府にしてみれば、南北関係の正常化、極東情勢の緊張緩和、制裁の軽減といったことにつながりうる新路線に資する弥縫策となる外交交渉など放っておいても痛痒を感じない度合いがますます強まっている。北朝鮮をめぐる難題を解消できれば、国連安保理をしばしば二分する問題も厄介払いできようものだ。そうすれば、北朝鮮にまつわって、ともかくも決議案は出せても意思決定も執行も反故にされるような事態もなくなる。

いくら制裁を加えようと、話し合いに失敗しようと、無駄な首脳会談を繰り返そうと、さては現職米大統領による初の「訪問」などがあろうとも、「戦略的忍耐」など役立たずなのは言うまでもない。北朝鮮の後ろ盾である中国はなお最大限の制裁には積極的でないし、米国の描いた絵のとおりにはふるまおうとしない。万が一、北朝鮮情勢の不安定化が長引き北の体制が倒れでもすれば、北朝鮮からの難民が国内に押し寄せ国境の目の前に米軍が配備されるような事態を招きかねない。それを中国は恐れる。

いま問われてしかるべきは、金正恩氏の生死などではない。

ハーフェズ・アル=グウェル

戦略的忍耐を長年続け、制裁の実行に穴があったからこそ、金正恩氏も、自国の生き残りの基軸とみる核抑止力を強化し、日本や米国の領土に核弾頭を投下しうるミサイルの開発と実験をおこなうことができたわけだ。この結果北朝鮮は事実上の核保有国となる一方で、米国とその同盟国は朝鮮半島非核化ができないままだ。テレビやラジオでは、正恩氏の後継者像やらポスト正恩の北朝鮮のありかたなどについてかまびすしいが、そもそも北朝鮮のようなならず者国家が今後とも存続するという前提そのものが崩れれば何の意味もない戯れ言にすぎない。

とはいえ、いくら軍事力の差があろうが、即座に北朝鮮国土を殲滅できる能力を見せつけようが、北朝鮮は核兵器開発の野望を諦めたりはしない。というよりは、問題は、行動の正しい筋道として世界が一致結束して何を決するのか、また北朝鮮自体がそうした決定をするのか、だ。となれば新たな枠組みが必要だ。そこでは、北朝鮮は自国のできることに制限を加えられればメリットがあるし、制限をいとえばデメリットがある。そうしたメリット・デメリットを組み合わせた枠組みだ。ゆっくりとでも、透明性を示し抑制を利かせれば北朝鮮にとって最大の利得が得られる、といった新たな現実を打ち立てる。そうした新たな枠組みが求められるのだ。

何も夢物語を語っているわけではない。北朝鮮政府は先に、正当なメリットがあるなら核開発を凍結してもよいと提案している。中国やロシアの国家元首に会いに行ったり、韓国と和解する姿勢を見せたりしているのは、お定まりの情報統制や突発的なミサイル発射実験や無慈悲な挑発ではなしに、外交で窮状を打破したいという思いの表われだ。中国も北朝鮮を交渉の席に着かせることに否やはないとしている。ただまだ、本当にそうする気があるのか、真実味には欠ける憾みはある。

このまま北朝鮮が核戦力を増強させれば、その末路は言うも疎か、ひとたび核攻撃をおこなえば北の体制は崩壊するまでだ。米国にしても、大統領がだれであろうと北の核武装など見たくもない悪夢なのは同断だ。韓国、日本、そして米国の一部にでも大勢の人命が失われる事態ともなれば、隠然とか公然とかはどうでもよいがともかく北への攻撃はおこなわれることになる。

アナリストなり戦略家なりであるなら、秘密主義でつとに悪名高い北朝鮮指導部の目新しい噂話やら謀略の気配なんぞに飛びつくのでなしに、こういった議論をすべきだ。金正恩氏がもはや政権運営をできる身ではない、などというのは信じがたいけれども万が一そうなった場合は、正恩氏の妹の金与正氏なり北朝鮮ナンバー2の腹心・崔龍海氏なりのどちらかはおそらく同じ路線を堅持するはずだ。ということは、だれが北のトップになっても大きく変わりそうにない事柄について議論する愚は避けたがよしというものだ。語るべきはひとつ。結果として朝鮮半島の緊張を緩和しこれ以上の核武装に制限を加えるような枠組みについての議論以外にない。

ハーフェズ・アル=グウェル氏は、ジョンズ・ホプキンス大学高等国際問題研究大学院外交政策研究所の在外上級研究員。また、国際経済コンサルタント企業マックスウェル・スタンプと、地政学リスクのアドバイザリー企業オックスフォード・アナリティカの上級顧問も務める。さらに、ワシントンD.C.の戦略諮問ソリューション国際グループの一員であり、世界銀行グループ理事会元アドバイザー。ツイッター:@HafedAlGhwell

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