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分断された地での共存の物語

モロッコ国王のアドバイザー、アンドレ・アズレイ。モロッコ大西洋岸の街エサウイラのベイトダキーラ(記憶の家)ユダヤ博物館にて。(AFP)
モロッコ国王のアドバイザー、アンドレ・アズレイ。モロッコ大西洋岸の街エサウイラのベイトダキーラ(記憶の家)ユダヤ博物館にて。(AFP)
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08 Feb 2020 10:02:40 GMT9
08 Feb 2020 10:02:40 GMT9

ザイド・M.ベルバジ

イスラエルとパレスチナの問題は、70年にわたり膿んだ傷のように塞がることなく続いており、周辺地域にも永続的な平和が確立されない状態だ。この問題に対するアメリカ大統領ドナルド・トランプの「平和と繁栄」の提案がばらまく灰で、平行線をたどる文化と宗教の共存はこれ以上になく困難なものになっている。しかし、アラブ最古の王国モロッコでは、先月のベイトダキーラ開館で共存に一筋の希望の光が見えた。同所は古都エサウイラにあり、ユダヤとモロッコの記録を守り広めるための、精神的な承継の場所である。この博物館は、北アフリカにおけるユダヤ人のルーツを再発見しようとする一連の努力の最新のものだ。


アルヤフド・アルマガリバ(モロッコのユダヤ人)の物語はあまり語られることがない。1940年代のピーク時には、彼らはモロッコの人口の約5%を占め、財政指導、貿易、工芸ギルドにおいて重要な存在だった。イスラエル建国後、ユダヤ人コミュニティは離散した。一部は恐慌状態のせいで、一部は「ヤヒン作戦」、すなわちモロッコからイスラエルへの移住を進める政策による。しかし、リビヤ、イラク、イエメン、シリア等のユダヤ人の記録が中東紛争の中で消失してしまったのに対し、モロッコのユダヤ人は生き残っただけでなく、数千年にわたり我が家としてきた国で繁栄している。


モロッコ政府にとって、ユダヤ人コミュニティは同国が宗教を庇護する場所であり続けることの生きた象徴なのだ。何世紀にもわたり、同国の主権者は「ダヒア」令を発し、コミュニティへの保護と信仰の自由を与えてきた。モロッコの都市ではどこでも、「メラー」(ユダヤ人地区)はサルタンの王宮の別館とも言える場所にあり、同国の政治指導者および宗教的権威と、ユダヤ人のビジネス集団の象徴的関係を示している。であるから、国王モハメドが自らバイトダキーラを開いたのは自然なことであり、同名の祖父の政策を受け継いだということでもある。祖父はユダヤ人を同国から追放しろと言うナチスの命令を拒否したのだが、フランスのヴィシー政権のユダヤ人を引き渡せという要求に対し、「モロッコにユダヤ人はいない。いるのはモロッコ国民だけだ」と答えた。さらに加えて「何度でも繰り返して言うが、ユダヤ人は私の庇護下にあり、わが国民の間にいかなる差別も許さない。」と述べた。他国の指導者がナチスと歩を一にしたのに対し、モハメド5世は「信心深いものの指導者」として、その権力をイスラム教徒だけでなく、ユダヤ教徒やキリスト教徒の国民を守るために行使した。第二次世界大戦中、モロッコのユダヤ人は誰一人としてナチスの手に渡されることはなかった。


バイトダキールは、モロッコのユダヤ人の遺産を復元する大きな努力の一部に過ぎない。モロッコのユダヤ人遺産の重要性を認めて、12ほどのシナゴーグ、167のユダヤ人墓地、12,600の墓石の修復が行われた。聖地問題のせいで、イスラム世界でのユダヤ人の役割と貢献の物語が大きく歪められている中、モロッコの例は大きな重要性を持つ。過去数世紀間のアラブ世界出身の政治、学問、文化における重要人物には、北西アフリカのユダヤ人が何人もいる。アメリカの最高裁裁判官、ノーベル賞受賞者、フランス首相ピエール・メンデス・フランス、イギリス首相ベンジャミン・ディズラエリなどだ。

第二次世界大戦中、モロッコのユダヤ人は誰一人としてナチスの手に渡されることはなかった。
ザイド・M.ベルバジ

アラブ諸国の教育相は、モロッコの宗教大学がカリキュラムにユダヤ教を入れている現状に難色を示しがちだ。未来のイスラム僧にミシュナーの6題まで教えているのだから。しかし実際のところ、このような思考形態を取り入れることは、異文化理解を高め、この地域ではあたりまえになっている緊張を緩和するのに役立つ。現国王に信頼されるアドバイザーで、イスラム世界で最高の力を持つユダヤ人と称賛されるアンドレ・アズレイにとって、ベイトダキールのようなプロジェクトは遺産を保存するだけでなく、先入観や誤解を正す意味がある。開館式で彼はこう述べた。「記憶の喪失、退化、古語化」をなくすことで、かつては地域内で唯一ユダヤ人が多数を占める街というだけだった場所が、ともに生きることで得られる多様性と文化の豊かさを示す例として注目を浴びている。

ハイム&セリア・ザフラニ国際研究センターのユダヤ教とイスラム教の関係史研究と、アズレイのエサウイラ・モガドール協会の研究は狭い範囲のものに見えるかも知れないが、エサウイラを守るアトラス山脈をはるかに超えてこだまする。アブダビもアブラハム一家の家プロジェクトの一環として初めてシナゴーグを建設しようとしており、争いと悪意が満ちる中、他のアラブ諸国もユダヤの遺産を発掘する努力をするのか、興味をそそられるところだ。

  • ザイド・ベルバジは政治評論家であり、ロンドンから湾岸協力会議(GCC)にわたる民間顧客対象のアドバイザーでもある。ツイッター:@Moulay_Zaid

注意:当記事で記された著者の意見は固有のものであり、アラブニュースの意見を反映したものとは限らない。

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