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アッバース大統領の国連演説とパレスチナ政治の崩壊

ニューヨークで開催された国連安全保障理事会の会合でのマフムード・アッバース・パレスチナ大統領。(ロイター)
ニューヨークで開催された国連安全保障理事会の会合でのマフムード・アッバース・パレスチナ大統領。(ロイター)
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18 Feb 2020 02:02:38 GMT9
18 Feb 2020 02:02:38 GMT9

貴重な機会が無駄になってしまった。パレスチナのマフムード・アッバース大統領にとって、米国とその同盟国から完全に独立した政治的な主張に基づいて、パレスチナの国家的優先事項を2月11日に国連安全保障理事会で取り戻すことにより、過去の誤りを正すチャンスだったというのに。

長い間、アッバース大統領は彼と彼のパレスチナ自治政府(PA)が、イスラエルと西側からすると穏健派と見なされる、という言説に制約を受けてきた。

米国の(外交的にパレスチナ国民の願望を事実上無効にする)「世紀の取引」を表向きには拒絶しているにもかかわらず、アッバース大統領は自身の「穏健派である」という信用をできる限り維持しようと努めている。

アッバースは国連で数多くの演説をしてきたが、そのほとんどすべてにおいて、パレスチナ人の心を動かすことに失敗している。しかし今回は事情が異なるはずだった。

米国側は、アッバースと自治政府との関係を軽視するだけでなく、平和と二国家の解決策に関わる自身の政治的言説をすら放棄してしまったのだ。さらにトランプ政権は、イスラエルがヨルダン川西岸のほぼ3分の1を併合することを認め、エルサレムを交渉内容から外し、パレスチナ難民の帰還権を奪おうとしている。

アッバース大統領は、パレスチナのさまざまな政党の指導者と直接会ったり、パレスチナ民族評議会(PNC)やパレスチナ解放機構(PLO)などの休眠状態にあるが重要な政治団体を再活性化する具体的な措置をとることはせず、その代わりに、ニューヨークでイスラエルの右派、エフド・オルメルト前首相と会い、過ぎ去った時代への自身の関与を繰り返し続けることを選んだのだ。

国連の演説で、アッバース大統領は新しいことは何も言わなかったが、それはこの場合においては、まったく一言も発しないよりも良くないことだった。

パレスチナ国家がトランプによる取引の下でどうなるかを示した地図を持ちながら、アッバース大統領は「これが今回与えられた案がもたらす結果です」と言った。「そしてこれが彼らが私たちに与えようと言っている国家です」と彼は付け加え、その将来の国家を「スイスチーズ」と呼んだ。ユダヤ人の入植地、バイパス道路、イスラエル軍用地によって分割されてしまうことになる、という意味だ。

国連の演説で、アッバース大統領は新しいことは何も言わなかった。

ラムジー・バロード

このスイスチーズという用語は、あの実に冗長な演説の中で使われた多少は新しい言葉であるかのように一部のメディアでは報道された。しかしその言葉すら、実際には、四半世紀前のいわゆる和平プロセスの始まりからパレスチナの指導層自身によって繰り返し言及されてきた、古い言い方なのだ。

アッバース大統領は、イスラエルの占領をアパルトヘイトのシステムと同一視した時などには、特定の言葉を強調して、非常に断固とした態度を取っているように見せる努力をしていた。しかし、彼の演説には説得力はなく、内容に乏しく、時には無意味にすら見えた。

米国政府がエルサレムをイスラエルの不可分の首都と認め、続いて駐イスラエル大使館をエルサレムに移転した時に感じた、激しい「驚き」についてもアッバース大統領は語った。まるでその兆候が以前なかったかのように。しかし、現実には、大使館の移転は、2017年1月に大統領に就任する前からの、トランプのイスラエルに関する主要な方針のひとつだったのだ。

「そして、彼らは私たちへの財政援助を打ち切りました」とアッバース大統領は、パレスチナ自治政府への援助を停止するという2018年8月の米国の決定に関して、嘆き悲しむような声で語った。「8億4000万ドルが私たちに届かなくなっています」と彼は言う。 「誰がトランプにこの意地の悪いアドバイスを与えているのかは分かりませんが、トランプはこのような人ではないはずです。私が知っている彼は、このような人ではありません」とアッバース大統領は、まるでパレスチナ自治政府がいまだに米国の大統領の判断を信頼しているというメッセージをトランプ政権に送るかのように、奇妙な感情的なトーンで叫んだ。

「皆さんに思い出してほしいのです、私たちが国際法に基づいて、マドリードでの中東和平会議、米国政府との交渉、オスロ合意、アナポリス会議に参加てきたことを」とアッバース大統領は指摘した ― パレスチナの人々に政治的な見返りをまったく与えなかった政治課題に、彼自身関与してきたことを示しながら。

続いて大統領は、彼が想像する世界を描いて見せた。その世界では、「透明性、説明責任、腐敗との戦いを前提とし、国際的価値に基づいて形作られた、法律を遵守する近代的で民主的な国家の、国家制度を構築した」のが彼の自治政府だ、と考えられているようなのだ。

「そうです」と彼は芝居がかった深刻さで出席者たちを見つめながら、「私たちは腐敗と戦っている(世界でも)最も重要な国の一つなのです」と強調した。

続いて大統領は安全保障理事会に対し、パレスチナ自治政府内の汚職の疑惑を調査する委員会を送るように呼びかけた。しかしこの呼びかけは、パレスチナ指導部の方こそが、国際法の執行とイスラエルによる占領の終結への支援を国際社会に対して要求していくべき立場であることを考えれば、奇妙で不必要なものだった。

演説はこのような形で進行していった。大統領は、新しいアイデアや戦略を持たない事前に用意された内容を読みあげることと、自治政府の政治的破産と大統領自身の想像力の欠如を反映した不必要な暴言の間を、揺れ動いていた。

私たちに対する攻撃行為の有無に関わらず、暴力とテロリズムに頼ること」はパレスチナ人は決してしない、と約束することで、アッバース大統領は、パレスチナ人の「テロリズム」に対するいつもの非難をしっかりと行った。彼は、自治政府が「平和と、暴力に対する戦い」に信念を持っていると出席者に保証もした。また、大統領は、詳細は述べずに、「広く支持されている平和的なレジスタンス」の道を歩み続けていく意思を表明したが、そのような道は、実際にはいかなる形においても存在していないのだ。

今回、アッバース大統領の国連での演説は特に不適切なものだった。あらゆる面で、完全な失敗だったと言えるだろう。少なくとも、人々の声としてのパレスチナの力強い政治的主張を明確にするべきだった。しかし彼の発言は、彼自身の失望と愚かさに満ちた遺産への、哀しいオマージュに過ぎなかったのだ。

予想通り、大統領はラマラに戻って支持者たちの声援に再び応えた。支持者たちは、この年老いたリーダーのポスターを掲げるよう常に準備をし、待っているのだ。まるで彼の国連での演説が、国際政治の流れをパレスチナ人に有利になるよう根本的に変えてくれたかのように。

「世紀の取引」における本当の危険は、邪悪な計画の実際の規定ではなく、パレスチナの指導層が、支持者たちからの寄付金が集まり続けアッバースが自身を大統領と呼んでいられる限り、抑圧されたパレスチナ人を犠牲にして、そのような取引と共存する方法を見つける可能性が高い、という事実だと言わなければならない。

ラムジー・バロードは、「パレスチナ・クロニクル」のジャーナリスト、執筆者、編集者。最新刊は「The Last EarthA Palestinian Story」(「最後の地球:パレスチナの物語」 Pluto Press、ロンドン)。エクセター大学でパレスチナ研究により博士号を取得。ツイッター@RamzyBaroud

 

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