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障害多く避難民は帰還かなわず シリア復興に難題

トルコ・シャンルウルファ県アクチャカレ郡の国境ゲートでトルコ入境を待つシリア人難民が娘を抱き寄せている。(ロイター)
トルコ・シャンルウルファ県アクチャカレ郡の国境ゲートでトルコ入境を待つシリア人難民が娘を抱き寄せている。(ロイター)
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18 Feb 2020 08:02:20 GMT9

昨年12月以来、イドリブで起きた戦闘で80万人が住まいを追われた。うち10万人超は先週のみの数字だ。国際救済委員会は、「戦闘が始まった9年も前から数えて避難者の数では最大」としている。シリア内戦では少なくとも560万人の国外難民、660万人の国内難民がすでに出ていることから、この談話は意味深長である。難民の数を合算すれば内戦前の人口の半分以上にのぼる。

シリア近隣国は、少なくは数千人、多くは数百万人の難民を受け入れているが、それぞれの受け入れ先で難民に対する本国帰還の圧力が高まっている。シリア国内では多くの国内避難民が極度の困難に直面し、国が正常に戻ることを冀っている。数年前から、全体の難民数からすればごくわずかとはいえ、数千人規模のシリア難民が母国へ自発的に帰還している。また、トルコやレバノンに逃れた難民の中には、さらにわずかながら帰国を強制された者もいることは、メディア各社や人権団体によって報告されている。本国へ帰還した者たちのこうした実態を見て、帰国を思わぬこともない難民の気持ちもくじかれがちだ。また故地への帰還を願ったとしても、そうしたシリア人の前途には障害が目白押しなのだ。

いちばん根本的な課題は、最低限の身の安全が保障されないことだ。これは次の2点が原因だ。ひとつは今も続く紛争、いまひとつはアサド政権による報復だ。戦争が終わっていないのは、先週も、イドリブで戦闘が継続し、例外的な事例として米軍とアサド派がカーミシュリー近郊で直接小競り合いを演じたことからはっきりしている。今のところは比較的平穏な地域にいるシリア人たちでさえ、「イスラム国」の再興や、戦争をもたらした各種不満がいまだ解決されないことから紛争にまたぞろ火がつくことを懸念している。

アサド政権の支配地域では、ひとり帰還者のみならず、反アサド派とつながりがあるなら誰にでも、身柄を拘束される危険があり、しばしば拷問を受け命を落とすことにもなりかねない。シリア難民に関する幾多の研究や各種報道が明らかにしているとおり、難民がまず第一に関心を寄せるのは身の安全であり、無数の国民を殺害し自分たちの住む場所を標的にすることもあった政権が続くかぎり母国で暮らすことなど思いも及ばないのだ。この問題が波及し、多くの国々に散らばった難民も帰国を念頭に置けないし、トルコがシリア北東部に「安全地帯」を設けようとしてもうまくいかないのだ。身の安全を確保しようと思えば、シリア人の多くは、アサド政権も信用ならぬし、かといっておよそ紛争に関わったどの当事者のことも信用してはいない。

もうひとつ大きな障害として、シリア国内の住宅事情が危機的状況にあることが挙げられる。戦争により国土全般の住宅およびインフラが甚大な被害を受けている。戦闘による破壊のほか、多くの地域では掠奪から家屋が大破したり、極端な場合、銅目当てに配線を剝ぎ取るといった窃盗まで起きている。国内避難民が多くの地域に殺到したことも住宅欠乏の一因だが、このことから、賃貸も含めた住宅市場の競合が激化、価格は高騰し、しばしば賄賂が行き交うまでになっている。帰還者の中には、帰宅してみると別の避難民が自分の家に住んでいるのを発見するものの、取り返す選択肢も限られている、といった事例もある。

こうした住宅危機はシリア当局みずからあの手この手を使って悪化させている。たとえば、反政権派の地域住民を故地に戻りにくくする目論みなどもそうだ。被害状況が甚大なだけに、それを奇貨に新たな開発で以前よりよくしようと政府が考えるとすればそれは納得できる。がシリア政府が向いたのはあさってのほうだ。損壊されていないところまで破壊することはむろんのこと、この政権を動かしているのは、利権をむさぼること、反政権派の地域を懲罰すること、将来戦略上重要となる地域を確実に政権の支配下に置くこと、といった損得勘定だ。シリア政府が可決させた法案により、国民が不動産を取り戻すことはさらに困難となった。反アサド派とみなされればその地域では住宅修復の許可も出ないといったこともある。政権とのつながりのない人々や避難した人々の土地から利得を得るよう画策された詐欺・インチキ・ぺてんが網の目のように張りめぐらされ、それを許しときにはみずから参画しているのが当局と来ている。こうした政策の多くは、将来のシリアを現政権が強固に支配できる人口構成に再編することを目論んだものであるのは明らかだ。

住宅危機とからむのが、広域にわたるインフラ破壊であり、使いものになる公益事業の衰退だ。多くの地域で病院や医療施設は内戦中特に攻撃対象とされてきた。難民が戻ってきても基本的な公益も保障されないということになりかねない。

就業の機会が不足し収入の道がないというのも障害のひとつだ。国内国外を問わず難民は多くが経済的に非常に苦しい状況であるため、身の保障さえ十分ならいつでも帰還したいという思いはある。が実際には、安全には懸念があり経済事情も思わしくないという二大要因が彼らに帰国を思いとどまらせている。

アサド政権の支配地域では、ひとり帰還者のみならず、反アサド派とつながりがあるなら誰にでも、身柄を拘束される危険があり、しばしば拷問を受け命を落とすことにもなりかねない。

ケリー・ボイド・アンダーソン

その他の障害として、心を蝕まれた人々の間で犯罪・不正行為、金品の強奪といった事例が増えているとの報もある。多くのシリア人が、いま深い不信感がシリア全体を覆っていることに気づいている。万が一、紛争が終結し、各分野の代表者からなる何らかの形の政権移行が遂げられ、和解が模索されたとすれば、治安が戻り信頼感が回復するよすがとなることもあるだろう。しかしながら、政権側のほうがその残虐性と国外との連携の合わせ技で内戦ではたいてい勝利を収めていることから、そして和解などに目もくれないのは明々白々であることから、シリア社会が根深い分断を乗り越える姿は見いだしがたい。

これだけの数の難民であるからシリアは将来的に人口構造ががらりと変わるはずだ。他地域の難民危機でこれまで示されてきたとおり、難民の多くはふたたび故地を踏むことはあるまい。階級や宗派による社会の分断はますます進行し、そのままの状態で人口の集約だけが進む公算が高い。このような行き方ではシリアはこの先安定した基盤を築けそうにない。不幸なことだ。

  • ケリー・ボイド・アンダーソン氏は著述家。また、政治リスクコンサルタントとして16年以上の経験を有し、国際安全保障問題と中東における政治・ビジネスリスクの分析を専門とする。過去にはオックスフォード・アナリティカ諮問委員会副委員長、Arms Control Today誌編集長なども務めた。ツイッター:@KBAresearch
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