
ドバイ:ガザ地区では、イスラエル軍による空爆や至近距離で交戦しながらイスラエル軍とハマス武装勢力との間で飛び交う銃弾以外にも、民間人の命が奪われている。また、飢えと、この飛び地のほとんどの病院が機能していないことによる基本的な医療の欠如により、彼らは緩やかに迫る死に直面している。
潜在的な死因となる長いリストに、もう1つ加えなければならない。それは「病気」だ。世界保健機関(WHO)は、戦争ならびに、食料、清潔な水、避難所の不足による健康危機という致命的な組み合わせが「エピデミックのレシピ」になっていると警告する。
WHOのデータによると、11月29日から12月10日までに、5歳未満の子どもの下痢症例は66%増の5万9,895件となり、同期間の5歳未満以外では55%増となった。
この国連機関は、イスラエルとハマスの戦争激化により、ガザ地区のあらゆるシステムとサービスが崩壊したため、この数字が不完全であることはほぼ確実であり、おそらくこれを上回るだろうと述べた。
11月末、WHO健康危機担当事務局次長のマイク・ライアン博士は国連本部で、イスラエル軍の民間人に対する移動継続を求める最後通告により、パレスチナ人がUNRWAのセンターや学校に集中するようになったと述べた。そして、このような展開に冷たい雨が加わって小児肺炎が急増し、「エピデミックのリスクを増大させた」。
WHOによると、まもなく公衆衛生上のリスクは、「水、食料、燃料不足のなか治療を受けられないでいる負傷者の状況と同じくらい深刻になるだろう」とのことだ。
国連児童基金のジェームズ・エルダー首席報道官は、12月12日のロイター通信とのインタビューで、「病気の流行という最悪の状況が始まった。問題は、『どれだけ酷くなるのか』ということだ」と語った。
寒さが到来し、戦争による荒廃と医療インフラの崩壊に見舞われているシリア北部から包囲されたガザ地区にいたるまで、難民キャンプの住人にとって病気が脅威となるなか、中東ではあらゆる種類の感染症が流行りつつある。
エピデミックは、影響の大きい感染症として定義されている。それらは、突然出現し、通常は持続期間が短いという点で、心臓病やがんをはじめとする慢性の非感染性疾患とは異なる。
エピデミックのもう1つの特徴は、新型コロナウイルス感染症のパンデミックによってもたらされるような、その破壊の大きさと規模である。
新型コロナのパンデミックでは、国家内および国家間の不平等と分断が露呈し、エピデミックやその他健康危機の襲来に対する準備、発見、迅速な対応において、世界の能力に大きな穴があることが明らかになった。
国連開発計画(UNDP)が2022年9月に発表した「アラブ人間開発報告書」では、新型コロナウイルス感染症と気候変動が、発展に向けた道のりにおいて、いかにアラブ世界を逆戻りさせたかが説明されている。
この報告書は、パンデミックが「人類発展における数年間の成果を消し去った」と結論づけた。
パンデミックが発生する前から、アラブ地域は紛争や食糧不安から政情不安や高い失業率に至るまで、あらゆる課題に苦しんでおり、その結果、経済成長は年々停滞していた。
地域紛争、社会経済的脆弱性、気候変動の影響に揺れるアラブ諸国では、エピデミックや医療に関わる緊急事態のリスクが最も高くなっている。その中には、ヨルダン、シリア、レバノン、イラク、エジプト、パレスチナが含まれる。
その一例は、2022年後半にシリア、レバノン、イラクでコレラが流行したことだ。19世紀の最も恐ろしい病気とみなされているこの昔からの病気は、レバントの脆弱な国々が新型コロナのパンデミックから立ち直りつつあったまさにその時に頭をもたげた。
2021年12月、世界保健総会の特別会期中、194の主権加盟国すべてで構成されるこのWHOの最高意思決定機関は、世界中でパンデミックの予防、備え、対応を強化するため、世界保健機関憲章に基づく「条約、協定、その他国際文書を起草し、交渉するための世界的なプロセス」について合意した。
「世界はこれまでも、そして現在も大規模な健康に関わる緊急事態に対して備えができていない」と、WHO報道官のマーガレット・ハリス博士はアラブニュースに語った。
「新型コロナウイルス感染症のパンデミックでは、健康に関わる緊急事態に対する世界の防御に深い欠陥があることが明らかになり、国家内および国家間の深刻な不平等が露呈および悪化し、政府や機関に対する信頼が損なわれた。」
ハリス博士は、パンデミックに関する協定の最新のドラフトに従って、すべての国が相互に関連する3つの優先事項に焦点を当てる必要があると述べた。
これらは、「パニックと無視のサイクルを断ち切り、国民の健康を改善し、将来の健康に関わる緊急事態に対して各国の備えと回復力を高めるうえで必要な、国家および世界の保健システムの再生と回復」の鍵となる。
各国は「病気や不健康の根本原因に取り組み、一次医療と国民皆保険の実現に向けて医療システムの方向性を変え、健康に関わる緊急事態への備えと対応のための世界的な枠組みを迅速に強化する」ことが求められている。
WHOは世界を6つの地域に分けている。そして、中東諸国のほとんどは東地中海地域に属している。
ハリス博士は、WHOは地域ベースではなく世界規模の観点から健康危機を見ているという。とはいえ、大規模な健康に関わる緊急事態をめぐるWHOの計画はアラブ世界に適用することができる。
ガザ地区のように、保健システムが崩壊し、社会不安と紛争の組み合わせでパニック、トラウマ、暴力が日常の一部となっている場合、WHOの3つの優先事項に取り組むことは、完全に不可能ではないにしても、困難な課題となる。
ガザ戦争開始から78日が経過し、180万人以上が地理的に限られたエリアにある人が密集する避難所に強制的に押し込められている。
これら避難所では、過密状態、非衛生的な状態、トイレや衛生サービスの不足により、下痢、急性呼吸器感染症、皮膚感染症などの感染症や、衛生関連の疾患が高い率で発生していることが記録されている。
さらに、12月10日のWHOのデータによると、ガザ地区の36の病院のうち21か所が現在閉鎖されている。これらのうち11か所は部分的に機能しており、4か所は最低限の稼働となっている。
「ここガザ地区の医療システム全体に、現在の状況に対処する能力がない」とガザ地区で国境なき医師団(MSF)緊急コーディネーターを務めるマリー・オール・ペロー氏は声明で述べた。
「病院は、ここ数週間受け入れてきた負傷者の流入で、完全に手が回っていない状態になっている。」
ペロー氏は、MSFは10日前にハーン・ユーニスの医療センターを放棄しなければならなかったと語った。イスラエルの避難命令の対象区域となっていたためだ。その医療センターで、この慈善団体は下痢、皮膚感染症、気道感染症の治療を行っていた。
ペロー氏はロイター通信に対し、今や2つのシナリオが避けられないと語った。「1つ目は、このペースで症例が続けば、ガザ地区全土に赤痢のような病気の流行が広がるだろうということ、そしてもう1つ確かなことは、保健省も人道団体もそのようなエピデミックへの対応を支援できないということだ」と彼女は語った。
中東の寒さと冬の気候が感染症を発生させるとともに免疫システムを弱めるため、ガザ地区でのエピデミックと、紛争に陥っていないアラブ諸国への感染の波及のリスクは引き続き高い状態が続くだろう。