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ガザで再会した双子の兄弟が語る喪失と喜び

2025年1月29日、ガザ地区北部のジャバリアで、再会を果たしたパレスチナ人の双子のマフムードとイブラヒム・アル・アトゥートが、破壊された自宅の瓦礫の中で座っている。(ロイター)
2025年1月29日、ガザ地区北部のジャバリアで、再会を果たしたパレスチナ人の双子のマフムードとイブラヒム・アル・アトゥートが、破壊された自宅の瓦礫の中で座っている。(ロイター)
2025年1月29日、ガザ地区北部のジャバリアで、再会を果たしたパレスチナ人の双子のマフムードとイブラヒム・アル・アトゥートが、破壊された自宅の瓦礫の中で座っている。(ロイター)
2025年1月29日、ガザ地区北部のジャバリアで、再会を果たしたパレスチナ人の双子のマフムードとイブラヒム・アル・アトゥートが、破壊された自宅の瓦礫の中で座っている。(ロイター)
ガザ地区北部のジャバリアで、再会を果たしたパレスチナ人の双子の兄弟、マフムードとイブラヒム・アル・アトゥートが、破壊された自宅跡で火を起こすための薪を集めている。(ロイター)
ガザ地区北部のジャバリアで、再会を果たしたパレスチナ人の双子の兄弟、マフムードとイブラヒム・アル・アトゥートが、破壊された自宅跡で火を起こすための薪を集めている。(ロイター)
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04 Feb 2025 04:02:08 GMT9
04 Feb 2025 04:02:08 GMT9
  • ガザ北部のジャバリア地区出身の2人は、2023年10月7日にハマスの武装勢力がイスラエルを攻撃したときに始まった紛争の初期に離れ離れになった。

ガザ地区:イスラエルが停戦合意の一環としてガザ地区内の移動を許可したことにより、ガザ地区で15ヶ月にわたる死と離別と破壊の後に生き延びたパレスチナ人の姿が鮮明に映し出された。

避難キャンプから1週間前に帰宅する人々の群衆の中で、双子が涙を流しながら抱擁する様子を収めたビデオは世界中で広く視聴された。しかし、イブラヒムとマフムード・アル・アトゥートの2人は、再会という喜びを損なうような喪失と苦難を共に経験していた。

「私は彼を離したくなかった。まるで魂が胸に戻ったような、魂が心に戻ったような感じだった」と、ロイター通信が入手したビデオの中で、30歳の双子の1人、マフムードが数日後の体験について語っている。

ガザ北部のジャバリア地区出身の2人は、2023年10月7日にハマスの武装勢力がイスラエルを攻撃した際に始まった紛争の初期に離れ離れになった。イスラエルの集計によると、この攻撃により約1,200人が死亡し、約250人の人質が捕らえられた。

パレスチナの保健当局によると、イスラエル軍のガザ地区での軍事作戦により4万7,000人以上が死亡し、同地区の大部分が破壊された。

イスラエルは早期に、軍事作戦が最も激しかった北部から民間人に退避するよう命じたが、全員が従ったわけではなかった。南部に移動した人々は、停戦と人質解放の取引の一部として、先週まで帰還が禁止されていた。

イブラヒムは南部に、マフムードは北部にとどまった。

ある夜遅く、ジャバリヤに戻れるという知らせが届いた。イブラヒムはマフムードに電話をかけ、マフムードは急いで着替え、ガザ北部への主要道路の待ち合わせ場所へと急いだ。

「想像してみてください。私は6時間立ちっぱなしで、こんな風に立っていました(そして考えていました)。『イブラヒムはどこだ?イブラヒムはどこだ?』」と、ロイター通信が入手したビデオの中でマフムードは語っている。

南部からやって来る人々は、彼を弟のマフムードと間違え続けたとマフムードは言う。彼がこんなに早く北部に来たことに驚いていた。そして、彼らは「イブラヒムは6人の幼い娘たちと一緒で、ゆっくり進まなければならないから、もう少し待ってくれ」と言った。

「彼は『マフムード』と声をかけたが、私は理解できなかった。私は急いで走り寄り、抱き合った」と彼は再会の瞬間を語った。

再び一緒に

再会した2人とその家族は、2023年11月のイスラエルの空爆で破壊された自宅の跡地を掘り返して時間を過ごしていると言う。この空爆では、イブラヒムさんの娘の1人が死亡し、もう1人は頭部と脚に負傷した。

パレスチナ人はイスラエルが無差別爆撃を行っていると非難している。イスラエルはハマスが民間人に紛れており、民間人の被害を最小限に抑えながらハマスを攻撃しようとしていると主張している。

イブラヒムは南に行きたくなかった。しかし、イスラエル軍がガザ北部のインドネシア病院に向かって進軍していたため、彼が家族とともにそこにいたとき、赤新月社が彼らをより良い治療が受けられる南部の大きな病院に移したのだ。

ロイター通信が入手したビデオの中で、一人が大きな腕の動きを使って自分の主張を説明している間、もう一人は静かに座ってそれを聞いていた。

南部では、家も財産も失ったイブラヒムと彼の家族にとって状況は厳しく、4か月ほど連絡が途絶えた。

「私は打ちのめされて、体重が減りました」と、マフムードはその頃のことを語った。

再会を果たした2人は、夕暮れ時に自宅の瓦礫のそばで火を囲み、金属製の棚でパンを焼いた。幼い子供たちは喜んで2人を見つめていた。

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