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ミュンヘン会議で明確になった世界の現状は、良いニュースではなかった

モスクワのルブリンスキー地方裁判所での審問に出席するロシアの野党指導者アレクセイ・ナワリヌイ氏と妻のユリア氏。(ロイター)
モスクワのルブリンスキー地方裁判所での審問に出席するロシアの野党指導者アレクセイ・ナワリヌイ氏と妻のユリア氏。(ロイター)
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25 Feb 2024 10:02:34 GMT9
25 Feb 2024 10:02:34 GMT9

先週末に開催された年に一度のミュンヘン安全保障会議は、世界の安全保障の脆弱性に対する強い不安に支配されていた。

地政学的な緊張と経済的な不確実性の高まりは、世界の安全がかつてないほど低下していることを意味する。さらに、この世界最大の年次安全保障会議の開会のまさにその日に、ロシアの野党指導者、アレクセイ・ナワリヌイ氏が獄中で急死したという悲劇的なニュースが飛び込んできた。

今回のケースの犯人はロシアのプーチン大統領である。プーチン大統領は長年、近隣諸国や自国民を激しく攻撃してきた。ロシア国民のより良い未来のために勇気をもって闘ったナワリヌイ氏と、夫の死という悲惨なニュースが伝わり始めるのと同時に同会議に出席した妻のユリア・ナワルナヤ氏の啓発的な精神は、私たちが、近年の歴史の中でも最も予測不能で不安定な時代へと進む可能性のある状況のただ中に、あるいは少なくとも始まりにいることをあまりにも明白にした。

もし、冷戦後の世界秩序はウィンウィンの国際政治という明らかな配当とともに完全に終わった、という点を思い出させてもらう必要のある人がいたとすれば、そのことは同会議の間中、大声で、はっきりと伝えられていた。

2024年の会議の成否の評価は、一回の週末で達成可能な具体的成果への期待が現実的なものかどうかにかかわってくるだろう。

約50人の国家元首や政府首脳、100人以上の閣僚、シンクタンク、非政府組織、大手企業の代表者数百人など、安全保障分野の主要な利害関係者の記録的な出席者数に加え、世界が直面する複雑な安全保障上の課題について自由に意見が交わされ、参加者の優先事項が的確に特定されることが、こうした会議の大きな価値を保証するものだ。

まず始めに、同会議の年次報告書は世界が危険な時期にあること、国々が自国の成功を他国との比較で評価する傾向が強まっており、「ルーズ・ルーズ(負け・負け)」の力学が「すでに多くの政策分野で展開され、さまざまな地域を巻き込んでいる」ことを認めている。

残念ながらこれにより、限られた資源をめぐって争っていた、より希望に満ちていた時代が、すべての人の利益のためにそうした資源の利用可能性を高めるための協力に取って代わられた。さらに、国連憲章や世界人権宣言の遵守によって達成され、価値観や利害の共通性、戦争や紛争を防止する争いの平和的解決を特徴とする、ルールに基づく世界秩序というビジョンは、今ではむしろ遠のいたように感じられる。

世界は新たな時代の転換点に直面しており、軍事競争が激化し、それに伴って軍事費が増大している。

ヨシ・メケルバーグ

何年もの間に、数多くの悲惨な出来事の進展が国際社会の数多くの登場人物の間の信頼関係を打ち砕き、恐怖心や疑心暗鬼を増大させ、非協力的で摩擦の多い世界情勢の、より悲観的な環境を作り出してきた。

同会議の研究者たちが実施した調査により、現在、主要経済国に住む人々の多くが自国の安全や豊かさは失われてゆくと予想しており、その逆を予想する人々よりも多いことが明らかになった。

そうした人々を責めることなどできない。まず、新型コロナ感染症のパンデミックが準備不足の社会を襲い、多くの政府にこの規模の危機への対応能力がないことが露呈した。

続いてロシアがウクライナに侵攻して、生活コストが上昇し、プーチン大統領が他の旧ソ連諸国にも触手を伸ばすのではないかという恐怖が引き起こされた。

もっと最近では、イスラエルとハマスの間のガザ戦争で何千人もの市民が犠牲となった。政府の失策のため、またこのような戦争を未然に防いだり、壊滅的な結果をもたらす長期化を防いだりする力が国際社会になかったためである。

ウクライナやガザにおける紛争は獰猛さのゆえに特に注目を集めているが、他の紛争も深刻化している。インド太平洋で同様の暴力行為がエスカレートするとの恐れは主要な懸念事項だ。西側諸国は、覇権を追求する中国が同地域で軍事化を推し進めつつ、東アジアを自らの排他的な影響圏に引き込もうとする経済・外交政策を実施していることに深い疑念を抱いている。

サヘル地域の不安定な政治情勢も同様で、宗教的過激主義の蔓延が、社会的・政治的発展への努力を逆行させ、テロと闘ったり、移民を管理したりする能力を減じる恐れがある。

これらすべては、世界はより安定した予測可能な場所になろうとしていると、楽観的に考えられる状況とは言い難い。

しかし、ミュンヘン安全保障会議が取り上げたのは、覇権争いや資源獲得競争、攻撃的な国土拡大といった、従来からの安全保障上の脅威だけではない。気候変動、人工知能の発達、さらに、社会の安定を脅かし、近隣諸国との紛争の可能性を高めている、さまざまな理由による社会の倦怠感の高まりなどによって引き起こされる脅威の例も取り上げられた。

さらに、正式な議題には含まれていなかったが、トランプ大統領再選の可能性が会議にさらなる恐怖感を加えた。わずか1週間前に、NATOの国防費ガイドラインを満たさない加盟国に対して、ロシアが「やりたい放題する」よう促すとのトランプ大統領の暴言は、事実上、集団防衛というNATOの核となるコミットメントの放棄を意味するもので、他の加盟国からは、まったくの無知と狂気に基づく感情の暴発と受け止められた。

実のところ、多くのNATO加盟国が持つ、国内総生産の2パーセントという目標を達成するために国防支出を増やす必要があるという認識はすでに現実となりつつあり、トランプ氏よりも、むしろプーチン大統領の行動と関係がある。この基準は、米国とNATOの関係でむきになって争うとトランプ氏が決めるよりもずっと前に設定されたもので、加盟国31カ国のうち18カ国はすでに目標を達成しているのだ。

加盟国へのいじめ戦術で知られる不安定なトランプ氏が来年1月にホワイトハウスに返り咲くかもしれないという考えは、アメリカのNATO同盟国に本物の恐怖を植え付けている。結局のところ、トランプ氏は「相互に関わり交流する。説教をたれたり無視したりしない」というミュンヘン・ルールには従わない人物なのだ。

ミュンヘン会議の出席者たちが発した明確なメッセージがあったとすれば、それは世界が直面している課題の大きさ、安定に対する脅威の源、そして、それらを少なくとも緩和しようする試みの指針はどのようなものであるべきか、ということだった。世界は新たな「Zeitenwende(時代の転換点)」に直面しており、軍事競争が激化し、それに伴って軍事費が増大し、すでに疲弊している経済にさらなる負担を強いている。

これまでのところ失敗してきたが、この問題を実行可能な戦略へと転換させることは、紛争や摩擦よりも協調や協力を好む、考え方の似た国々にかかっている。

・ヨシ・メケルバーグ氏は国際関係学の教授で、国際問題シンクタンクであるチャタムハウスの中東・北アフリカプログラムでアソシエイトフェローも務めている。X: @YMekelberg

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