
c自然の法則に従っていては起き得ないようなことが、イスラエルの政界で起きている。先週、イスラエルのルーベン・リブリン大統領は、青と白のガンツ共同代表に対し、連立政権を組閣するよう指示したのだ。ベンジャミン・ネタニヤフ首相以外の人物に組閣が指示されたのは11年ぶりのこと、選挙の回数で言うと5回ぶりのことである。そのためこの新たな局面に目を疑った者も多い。さらに重要なことに、ネタニヤフ首相の退陣が囁かれているとの情報も浮上してきた。しかし、それはすでにそう決まったわけでは全くなく、仮にそうなったとしても、これは出発点にすぎない。それが現実になるには、過去1年間で3回目となる国政選挙を行わなければならないなど、まだ長く痛みを伴う道のりが待ち受けているのだ。
たった10ヶ月の間に3回も選挙を行うという滑稽なシナリオを回避することはできるだろうか。それは時間が経てば判明するだろう。しかし現段階で言えることとして、連立政権の発足を阻んでいるのは、明らかにネタニヤフ首相の頑固な態度であり、その頑固な態度によってイスラエルに損失が発生している状態なのである。同首相が退陣すれば、新政権を発足させるためのオプションが複数浮上することは火を見るよりも明らかだ。
9月に行われた選挙の結果を受けて、イスラエルの政界はゲーム理論で囚人のジレンマと呼ばれる状態に陥っており、それに加えてネタニヤフ首相が汚職で起訴されるという状況になっている。囚人のジレンマの古典的な例はこうである。銀行強盗の疑いで2人の罪人が逮捕されたが、2人とも互いに口を割らないと信頼して司法取引に応じなければ、証拠不十分で減刑される。ネタニヤフ首相及び同首相と共犯関係にあると見られている者たちは、捜査を受ける中でこの戦略に出るかもしれないが、同首相を次期首相候補として支持することを発表している右派と超正統派の55議員が寝返ってガンツ共同代表の陣営につくことはないと自信を持って信頼できるかが、同首相のジレンマとなる。信頼という言葉はネタニヤフ首相の語彙にはなく、同首相の側近を含めても、ほとんど誰も同首相から全幅の信頼を得ているとは自信を持って言えない状況である。ネタニヤフ首相はネタニヤフファミリーのためだけに動いていることを周囲は理解しており、その方が有利と見れば周囲は陣営を鞍替えする準備ができているかもしれないのだ。
連立政権の組閣を任されたのはガンツ共同代表だが、ワイルドカードを握っているのはアビハイ・マンデルブリト検事総長だ。同検事総長とそのチームは、先月行われたネタニヤフ首相の弁護団からの聞き取りで判明した事実を精査しており、同首相の起訴理由となった3件の汚職のいずれかまたは全てに関して、同首相への追及をやめるだけの十分に説得力のある情報が提示されたのか、判断を行なっている最中である。
マンデルブリト検事総長が実際にネタニヤフ首相の起訴に踏み切るという見立てもあるが、それは早くても12月になる。ここで時系列が非常に重要になる。ガンツ共同代表は、組閣に28日の猶予しか与えられていない。そのため、その期日までに検事総長から判断が下されることはないだろう。ネタニヤフ首相の疑惑が晴れない限り、もしくは晴れるまでは、同首相が属するリクード党の内部から同首相の退陣を求める何らかの声が出ることや、同首相と同調する他の党がリクード党抜きでガンツ共同代表と交渉することはないという固い約束を破棄することは考えにくい。しかし、政治家の固い約束は実際どれほど信頼できるものなのだろうか。小規模な政党のいくつかは主に圧力団体やロビー団体であり、政権外となることで公的資金を資金に飢えた支援者に流し込むことができなくなると、政党の存続も危ぶまれる事態となる。
現時点ではその可能性は低いが、仮に例えばガンツ共同代表が少数党政府を発足でき、そこにアラブ系政党も支持する事態となれば、ネタニヤフ首相を支持する政党の一部には衝撃が走ることになり、歓迎されたばかりに長居している状況に終止符を打つことを決断することになるだろう。
こうした陣営は、ネタニヤフ首相に渦巻く汚職関連の問題をさほど重要視していない。同首相は、パレスチナ人に対する人種差別的なデマを民衆の間に広めるなど、イスラエル社会を構成する諸民族とリブリン大統領が呼ぶ各陣営の間に不正に不和を拡散し分裂を呼んでいるが、それも見て見ぬふりをするかもしれない。同首相は計算を誤ればイスラエルと近隣諸国で戦争が勃発するような人物であること、またイスラエルは西洋世界では貧富の差が最大級であることも、気にすら留めないかもしれない。しかしこうした陣営は、ネタニヤフ首相は過去5ヶ月で2回も選挙に負けたようにもはや選挙に勝てなくなっているという事実、そしてそのためこうした陣営が神から与えられたと勝手に考えている国の統治権が脅かされている事実は、気に留めているし、またかなり不安に感じている。
ネタニヤフ首相は、自身こそ連立政権を組閣するにあたり最も良い立ち位置にいるとアピールすることが急速に難しくなっており、2回の選挙、2回の組閣の試みに失敗した今、ビービー皇帝は裸の王様のようになっている。イチジクの葉っぱすら腰に巻いていない状態だ。
このような状況を受けて、ガンツ共同代表がイスラエルの次期首相に就任する可能性が現実味を帯びてきたかもしれないが、同共同代表が期限内に少数党政府を発足させることができなければ、クネセトはリブリン大統領に対してガンツ共同代表、ネタニヤフ首相、または第3者に対して21日以内に組閣するよう指示するよう勧告することになる可能性が高い。もしそれも不可能に終われば、2020年3月末までにまた総選挙が行われることになる。
少数党政府を発足させることには利点もある。特に、イスラエルの有権者に対して、ネタニヤフ首相以外にも首相を任せられる人物がいるということを徐々に示せることになる。さらにガンツ共同代表には、また新たに選挙が行われるまでのわずかな期間で、自身の功績を残すチャンスが与えられることにもなる。そうなれば、パレスチナ人とクネセトのパレスチナ系議員もイスラエルという国を治めるにあたり正当なパートナーなのだという認識を形成するための重要な最初の1歩となる可能性がある。
しかし、ネタニヤフ首相とその副官たちによって形成された反アラブの環境においては、アラブ系政党の支持を受けた政権や首相への反感が強まり、青と白の議席は減少する可能性もある。しかし、ガンツ共同代表が仮に首相となって、イスラエル社会の中で包括性を前進させる政策を1つでも推し進めれば、同共同代表はまさに首相の地位にふさわしい人物ということになるだろう。
ヨシ・メケルバーグはリージェンツ大学ロンドンで国際関係学の教授を務め、国際関係学・社会科学課程を率いる傍、チャタムハウスの中東・北アフリカプログラムでアソシエイトフェローを務めている。ツイッター: @YMekelberg