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日本アニメ界の伝説的な作画監督、須田正己氏が77歳で死去

1980年代から1990年代にかけて、『北斗の拳』のアニメ化(1984年)で須田氏のキャリアは成功の頂点に達した。(提供)
1980年代から1990年代にかけて、『北斗の拳』のアニメ化(1984年)で須田氏のキャリアは成功の頂点に達した。(提供)
1980年代から1990年代にかけて、『北斗の拳』のアニメ化(1984年)で須田氏のキャリアは成功の頂点に達した。(提供)
1980年代から1990年代にかけて、『北斗の拳』のアニメ化(1984年)で須田氏のキャリアは成功の頂点に達した。(提供)
1980年代から1990年代にかけて、『北斗の拳』のアニメ化(1984年)で須田氏のキャリアは成功の頂点に達した。(提供)
1980年代から1990年代にかけて、『北斗の拳』のアニメ化(1984年)で須田氏のキャリアは成功の頂点に達した。(提供)
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18 Aug 2021 03:08:51 GMT9
18 Aug 2021 03:08:51 GMT9

アミン・アッバス

『北斗の拳』、『マッハGoGoGo』、『科学忍者隊ガッチャマン』、『破裏拳ポリマー』などの人気アニメプロジェクトを手掛けたことで知られる伝説的な日本アニメの作画監督である須田正己氏が、77歳で亡くなった。

1943年に埼玉県で生まれた須田氏は、アニメ制作会社タツノコプロでアニメ界の仕事を開始した。1976年に東映アニメーションに勧誘されたが、それを機に、どのスタジオから提案されたプロジェクトにも参加できるフリーランスになる決心をした。

1980年代から1990年代にかけて、『北斗の拳』のアニメ化(1984年)で須田氏のキャリアは成功の頂点に達した。

また、アニメ『SLUM DUNK』でも作画監督として制作に参加した。

須田氏が最後にキャラクターデザイナーを務めたプロジェクトは、2014年のアニメシリーズ『妖怪ウォッチ』であるが、2015年の『ルパン三世 PART Ⅳ』でも原画に携わっている。

須田氏は8月1日に亡くなったが、家族葬が済むまで訃報は伏せられていた。

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