アンナ・テッロ
ロンドン:今年のFIFAワールドカップには世界中からファンが集まり、記者たちが押し寄せた。しかし、サッカーファンの多くはパレスチナへの連帯を示すためにイスラエルの記者たちに冷たい態度を取った。
数週間の間、スペクタクルに参加しようとファンたちがドーハに集まった。カタールで開催中の2022ワールドカップは歴史に残る大会となった。サッカーを愛する人々の団結というメッセージが発信され、また史上初めて、ファンゾーンやスタジアムにいる人々だけでなく選手たちまでもが、パレスチナの旗を掲げたり親パレスチナのスローガン、チャント、歌を繰り返すなどしてパレスチナへの支持を表明したのだ。
サウジアラビアがグループステージで強豪アルゼンチンを破り、モロッコがスペインとポルトガルを下す(数日前に精神的に消耗するような敗北を喫したが)など、今年のワールドカップはとてつもなく面白いものになっている。しかし、大きな話題となったのは前面に出た政治的意見だ。
多くのファンがテルアビブからドーハへの特別直行便で大会に来た一方で、多数のジャーナリストが経験しテレビの生中継で伝えたように、イスラエルの記者に冷たい態度を取ったファンも多かった。
約2年前、米国による仲介のもと、アラブ連盟に加盟する4ヶ国がアブラハム合意に署名した。イスラエルはこの合意を通してアラブ地域の国々との国交正常化を目指している。カタールは合意に参加していない。
ファンたち(大半がアラブ人)がイスラエルメディアを避ける様子をとらえた動画がソーシャルメディアで拡散した。11月18日に公開された動画では、ドーハのスーク・ワキーフで一人のカタール国民がイスラエルのテレビの記者だと知ってインタビューを拒否する様子が映っていた。
その2日後に公開された別の動画では、ジャーナリストがイスラエルから来たと明かすとレバノン人のファンの集団が立ち去っている。彼らの一人はチャンネル12の記者に対し、「イスラエルなんてものはない。それはパレスチナだ。イスラエルは存在しない」と言っており、あからさまに国交正常化への拒否を示している。
FIFAワールドカップの取材でドーハに来ていたイスラエルのジャーナリスト、ラズ・シェチニク氏は、ツイッターで不満を顕にした。11月26日には、同氏がイスラエルの記者だと知ったアラブ人のファンたちが立ち去る様子を公開した。投稿された動画では、パレスチナの旗を持った3人の女性と1人の男性が同氏に対し、「イスラエルなんてものはない。パレスチナがあるだけだ」と言っている。
同じ動画の中で、最初はポーズを取っていたモロッコ人のファンたちが、シェチニク氏がイスラエルから来たと分かると立ち去っている。その中の一人は、「イスラエル、ノー。パレスチナ、イエス」と言っている。同氏は、「でも、私たちは和平を結んだじゃないか」「あなたたちの国は和平合意に署名しただろう」と叫んでいる(モロッコは2020年12月にアブラハム合意に署名した)。
イェディオト・アハロノトの記者であるシェチニク氏のツイッターでは、スローガンを唱えパレスチナの旗を振って生中継を妨害するファンたちや、イスラエルのテレビだと聞いてショックを受け同氏と話すことを拒否するカタール人たちの姿も公開されている。
イスラエルのテレビチャンネル「カン11」の記者であるモアフ・ヴァルディ氏は11月27日、前日にサウジのサッカーファンにからまれて「あんたはここ(カタール)にお呼びじゃない」「あるのはパレスチナだけだ。イスラエルなんてない」と言われたとツイートした。
カタールワールドカップでは、親パレスチナ的な感情とともに至るところでパレスチナの旗が見られ、この世界的な舞台で大きな注目を集めた。
パレスチナの旗は7回ほど舞台の中心に立った。
モロッコ代表チームは、準々決勝進出を決めた12月6日の対スペイン戦での勝利を含め、試合に勝った後にはパレスチナの旗を掲げた。モロッコ政府はイスラエルとの国交を正常化したにもかかわらずである。
11月27日にグループEの対ベルギー戦に勝利した際には、スタジアムにいたモロッコのファンたちも「パレスチナに自由を」と書かれた横断幕を掲げた。
同様に、11月26日のオーストラリア対チュニジア戦ではチュニジアのファンたちが「パレスチナに自由を」と書かれた横断幕を掲げ、11月29日のカタール対オランダ戦ではカタールのファンたちが様々な大きさのパレスチナの旗を振った。
イスラエルが2020年に米国の仲介のもとでUAEおよびバーレーンと、後にはスーダンおよびモロッコとの間で和平合意を結んだ後に、アラブ地域でPRキャンペーンを行っているにもかかわらず、こういった行動が見られたのだ。合意の締結後、イスラエル外務省のエリアフ・ベンヤミン氏は記者会見で、「中東・北アフリカ地域の全ての国」との国交正常化を望むと述べた。
プリンストン大学の元ジャーナリズム教授でありアル・クッズ大学の現代メディア研究所の創設者・元所長であるダオウド・クタブ氏は、アラブニュースに対し次のように語った。「ワールドカップで起こったことが疑問の余地なく示しているのは、アラブの人々、そして実際には世界の人々のほとんどが、パレスチナ人が自由になる権利を心から支持しているということだ」
「アブラハム合意に署名した国々は当時、イスラエルの対パレスチナ政策に影響を与えられることを期待すると述べた。しかし現地では記録的な数のパレスチナ人がイスラエル兵によって殺されており、著名なパレスチナ系米国人テレビ記者が射殺されたにもかかわらずイスラエル軍は調査にさえ同意していない」
ドーハでの出来事をつぶさに追っているサウジのジャーナリストは次のように語った。「今回のワールドカップがカタール人に典型的なやり方で扱われていることは興味深い。カタールのコメンテーターたちは、アラビア語ではパレスチナの大義を擁護してイスラエルを認めることを拒否した。一方、英語やヘブライ語ではイスラエルのファンや記者を歓迎し、カメラの前で彼らに記念品を渡した」
「スポーツイベントでは普通、政治的な発言は禁止されるか少なくとも顰蹙を買う。カタールのような非民主的な国では特にそうだ。それでも親パレスチナ的なレトリックが持ち上げられたのは、イスラエルと国交がないカタールが実際にはイスラエルのファンや記者を迎え入れたという事実からアラブ人の感情を逸らすためだったのだと思う」
「アラブ人のパレスチナとの連帯が偽りだと言っているのではない。私が言っているのは、イスラエルが軌道を修正しなければ(ネタニヤフ氏率いる極右政権のもとでは修正されなさそうだが)、今回のドーハで見られたような反イスラエル的PR行為が増えることになるということだ」
ワールドカップ開幕に先立ち、カタールのテレビ局アルジャジーラ・アラビア語放送は、パレスチナ人が航空機で入国して観戦するのを許すようカタールがイスラエルに対し命じたとほのめかす記事とソーシャルメディア投稿を公開した。これは、イスラエルの航空機と国民が直接ドーハに行くことができたという事実を明らかに歪めている。
同じ頃、AFP通信(フランスの有名な国際的通信社)のファクトチェック(フェイクニュース監視サービス)は、このショックを和らげるためにワールドカップ開幕前に親パレスチナ的なプロパガンダがいかに推進されたかについて詳述したレポートを発表した。
不都合な事実を覆い隠すものとして、パレスチナの旗で飾られたカタールの建物のアーカイブ画像が最近のものとして紹介され、イスラムに改宗した人々についてのフェイクストーリーが拡散したのだ。
もちろん、イスラエルがアラブ世界を取り込むためのただでさえ困難な試みは、ベンヤミン・ネタニヤフ次期首相率いる極右政権の誕生によりさらに困難になる可能性が高い。
クタブ氏は次のように強調した。「パレスチナの人々が占領と植民地主義的な入植のもとで暮らしている限りは、中道だろうが右寄りだろうがイスラエル政府がアラブ世界の心を掴むことはない」
「不法で不道徳な占領をやめない限り、イスラエルで何が起ころうと、世界中の自由な人々の心が変わることはないし、アラブ人・イスラム教徒の意見が変わらないことは確かだ」