イスラエル、ナザレ:イスラエルのナザレは聖書ゆかりの町だ。ナザレではバシリカ教会に人影はなく、普段はキリスト教徒の巡礼者で賑わうレストランや商店は閉店し、ホテルの多くが数ヶ月営業を停止している。
10月7日のハマスの攻撃後に始まったガザでの戦争により、イスラエルの観光産業は新たな危機に見舞われた。新型コロナウイルスの大流行から回復し始めた矢先のことだった。
「9月末から10月初めの頃は観光客が順調に入ってきていると感じていました」。そう語るのはエルサレム旧市街にあるホステル「ファウジ・アザール」の経営者、マルワ・タハ・アブ・ラニ氏だ。
戦争が勃発して今後の予約がキャンセルになったと彼女はAFPに語った。彼女が運営する宿泊施設はアブラハムホステルグループの一部で、19世紀に建てられた豪邸の中にある。
「従業員たちはまったく働いていません。誰も来ませんから」
ホステルの高いアーチ型の窓からは市場や受胎告知教会が見渡せる。この教会は、天使ガブリエルがイエスの受胎をマリアに告げた場であるとカトリック教徒の間で信じられている。
ナザレはイスラエル北部の丘陵地帯に位置する街だ。ナザレの経済はキリスト教の巡礼者に大きく依存しており、イスラエルの観光産業全体の動向を示す指標となっている。
年間観光カレンダーでは閑散期にあたるとはいえ、ナザレの街の閑散ぶりは異例だ。
観光省によれば、観光産業はイスラエル経済の約3%を占め、約20万人のイスラエル人の直接雇用を生み出している。
さらに2023年には550万人の観光客が訪れると予測していた。これは過去最高だった2019年を100万人上回る。
10月7日にすべてが変わった。
イスラエルの公式発表に基づくAFP通信の集計によると、ハマスによるイスラエル南部への攻撃によりイスラエルでは約1,160人が死亡した。そのほとんどが民間人だ。
ハマスが支配するガザ地区の保健省によれば、10月7日以降、イスラエルによる報復砲撃と地上侵攻により少なくとも27,840人のパレスチナ人がガザ地区で死亡したという。その多くが女性、子供、青少年である。
攻撃の直後にイスラエルへの外国人観光客が消えた。航空会社の多くがイスラエルへのフライトをキャンセルしたため事態はさらに悪化し、その結果観光ガイド、ホテルのスタッフ、バス運転手などが失業した。
観光省によれば、2023年末までにイスラエルを訪れた人は約300万人に過ぎないという。
多くのホテルは、戦争で行き場をなくしたイスラエル人を受け入れるために政府から資金援助を受けている。そうした人たちはガザ周辺地域や北部のレバノンとの国境沿いから避難してくる。レバノン国境線では、過激派組織ヒズボラとの間で国境を越えて砲撃が行われ動揺が広がっている。
しかし、ファウジ・アザールのような小さな会社は窮地に立たされたままだ。
「戦争に端を発する観光業の新たな危機は、これ以上ない最悪のタイミングで起きました」。観光大臣の上級顧問を務めるペレグ・レヴィ氏はそう語った。
「2023年はコロナ禍から回復してきた年で、イスラエル史上最も成功した年になるはずでした」と彼は言う。
2006年のヒズボラとの紛争、2014年のハマスとの紛争などイスラエルが過去に経験した大きな紛争はいずれも2カ月足らずで終結し、経済的な影響も限定的だったと、エルサレム・ヘブライ大学の経済学者、ミシェル・ストロチンスキー氏は言う。
現在イスラエルは2つの武装組織との戦闘を4カ月以上継続し、数十万人の予備役を招集している。
すぐには終わりが見えない状況だ。イスラエルの指導者たちは、戦争の目的を達するには1年はかかるだろうと述べている。
ストロチンスキー氏によれば今回の戦争の経済的影響が大きくなることは「明らか」だという。その主な理由は外国人観光客の減少だ。
昨年の第4四半期、イスラエルのGDPは約3%減少したという。
「2024年に関しては、今回の戦争がどれくらい続くのか、また北部での対立が深まるかどうかにかかっています」。ストロチンスキー氏はそう解説する。
イスラエル観光省の現在の予測では、たとえガザでの戦闘が収まりヒズボラとの紛争がなかったとしても、2024年全体としてはすでに「やや落ち込む」見込みだとレヴィ氏は言う。
「すべてがうまくいけば、2024年の終わりは平常に戻るでしょう」とレヴィ氏は語った。
ナザレのバシリカ教会では、管理人の一人、ヴォイチェフ・ボロズ修道士が普段の混雑がすぐに戻ってくることを願っていると語った。
「巡礼者がいないと少し寂しい感じがします」とボロズ修道士は言う。
ボロズ修道士によれば、観光客や巡礼者は地域の経済を潤すだけではないという。「彼らはこの教会に命を吹き込んでいるんです」
AFP