
ハーゼム・バロウシャ (Hazem Balousha)
毎年、ベツレヘムの街には、多くの外国人旅行者が世界中から訪れる。そのピークはクリスマスの期間で、街の主要な収入源となっている。
しかし今年は、街は初めてゴーストタウンと化している。コロナウイルスによるパンデミックの最中、観光客は誰一人おらず、ホテルは閉まっており、店に客の姿は見当たらず、お祝いは宗教上の儀式に限定されてきた。
ベツレヘムの街では、3 月初めてのコロナウイルス感染者が報告された。すぐにその感染者数は約 10,000 人に急増し、88 人が死亡した、とパレスチナ保健省は発表した。
サレ・マチリ (Saleh Mitiri) は、ベツレヘムの骨董店の店主で、12 年以上その店で働いているが、ウイルスの大流行以来、仕事がないと不平をこぼした。
「今日は開店しません。私たちの店は主に観光客が頼みです。店は事実上閉店しています。店は換気のために開けるだけで、コロナウイルスのせいで何か月も私たちには収入源がありません」、と 43 歳のマチリは、アラブ ニュースに話した。
そして彼はこう加えた、「店では私と 3 人の従業員が以前いたのですが、今となっては彼らは必要ありません。数か月間彼らを雇用し続け、給料を払いましたが、もう今は高い賃料や給料の支払いや他の出費を工面する余裕はありません。」
パンデミックによって、パレスチナの国内外の観光事業は急激に落ち込んだ。コロナウイルスの拡散を制限するために、政府が厳しい休業を課した後は特にそうだ。
ベツレヘム商工会議所会頭のサミール・ハズボン (Samir Hazboun) は、2020 年は、経済的損害と景気後退という観点から「まったく例がない」、と話した。
「ベツレヘムの観光事業と同分野の営業施設は、街の労働力の 40 パーセントを受け入れていますが、去る 3 月以来、完全に閉まっています」、とハズボンは話した。
ベツレヘムには 73 のホテル、約 7,000 のベッドがあり、クリスマスの期間にはそれらは通常埋まっています、と彼は加えた。
「パンデミックがパレスチナにやってくる以前に、銀行から融資を受けていたホテルの所有者は数多くいます。経済状況の結果、彼らにのしかかる負債と融資を猶予するべく、私たちは懸命に働いています」、と彼は話した。
ベツレヘムにおける今年のクリスマスのお祝いは、宗教上の儀式に限定されるだろう。アントン・サーモン (Antoun Salmon) ベツレヘム市長によると、限られた人数のキリスト教信者、聖職者そして当局者が出席するだけで、観光客はまったく出席しない。
「2019 年、約 300 万人の観光客がベツレヘムを訪れ、今年年頭には、2020 年にはこの数字は増えるだろうと期待していました。しかし、パンデミックの到来によって、あらゆる観光事業活動が停止し、観光客はパレスチナとベツレヘムに来られなくなりました」、とサーモンは話した。
「コロナウイルス以前は、ベツレヘムにおける失業率は、およそ 14 パーセントでした。しかし、その後 40 パーセントに増加し、街の経済状況に多大な影響を及ぼしています。ウイルス以来、観光部門が崩壊したためです」、と彼は加えた。
パレスチナ中央統計局 (Palestinian Central Bureau of Statistics) によると、西岸地区の観光事業に就労しているパレスチナ人は 33,000 人を超え、その多くはベツレヘムに集中している。
パレスチナ観光大臣、ルーラ・マーヤー (Rula Maayah) は記者会見で、観光事業におけるパンデミックの影響は「甚大」で、年末までの損失は、10 億ドルに上るだろう、と話した。
「ベツレヘムは、観光事業に依存している結果として、最も影響を被ったパレスチナの街なのです。ホテル、工房、ツアーガイド、観光客の輸送機関、買い物、レストランという観点でも、間接的な観光事業サービス提供会社であってもです」、と彼女は話した。
今年ベツレヘムに発生した多大な損害にもかかわらず、向こう何年間かは、この損害の影響を感じることだろう。
「もしコロナウイルスのパンデミックが終わり、観光事業がベツレヘムに戻ったとしても、2020 年年頭の状況に回復し戻るには、2 ないし 3 年かかるだろう」、とハズボンは話した。