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パレスチナ住人、家を失い続ける苦悩を語る

ハマスの住宅・公共事業庁の公式データによると、ガザ地区で再建されたのは破壊されたうちわずか5パーセントに過ぎない。(Supplied)
ハマスの住宅・公共事業庁の公式データによると、ガザ地区で再建されたのは破壊されたうちわずか5パーセントに過ぎない。(Supplied)
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14 Apr 2022 06:04:21 GMT9
14 Apr 2022 06:04:21 GMT9
  • ガザ地区アルサブラ地域にあったアパートをイスラエルの空爆で破壊され、昨年のラマダン以降、7人家族のアルディリ氏一家は借家で暮らしている。

ハゼム・バロウシャ

ガザ地区: パレスチナ人のモハメド・アルディリ氏は、長年にわたってわが家で経験したたくさんの美しく楽しい瞬間、特にラマダンの時期に思いを馳せる。

7人家族であるアルディリ氏一家は、ガザ市のアルサブラ地域にあったアパートがイスラエルによる空爆で破壊されたため、昨年のラマダン以降、借家で暮らしている。

約120人が住んでいた16のアパートも空爆で破壊された。居住者は現在、難民としてアパートを借りて生活しており、家賃は国際連合パレスチナ難民救済事業機関が負担している。

アルディリ氏はこう語った。「何年も難民生活を強いられるのは我々の運命なのです。私たちの祖父は1948年の第一次中東戦争の時にサラファンドから避難し、70年後に私たちも難民となる苦しみを味わいました」

「私たちは家も持ち物もすべて失ってしまったのです」とアルディリ氏は言う。

今回のラマダンは、彼が生まれ、長年育った地域外で家族と一緒に過ごす初のラマダンだ。「家というのは、ただ石を積み上げたものではありません… 私たちにとっての安全地帯であり、思い出を作り、美しい日々を過ごしてきた場所なのです。今となっては懐かしい存在です。子どもたちと一緒に家にいられない初のラマダンとなり、非常に残念に思っています」と語った。

ラマダンの間も、アルディリ氏一家のような家族は、隣人と過ごしたり、集会に出たり祈ったりすることはできない。

アルディリ氏をはじめ戦争で家を失った何千人ものパレスチナ人は、早々に家を再建し、再び帰宅することを望んでいた。しかし現在、復興プロセスの遅れにより、違う現実を生きている。

ハマスの住宅・公共事業庁の公式データによると、ガザ地区で再建されたのは破壊されたうちのわずか5パーセントに過ぎない。アルディリ氏一家が経験した悲しみや不安は、ガザ地区の多くの人も経験している。

ガザ地区の政府情報局のデータによると、戦争によって1,335戸の住宅が完全に破壊、もしくは深刻な被害を受け、約1万2,886戸が中程度または部分的に損害を受けた。

アラ・シャマリ氏はホームレスとなる辛さを2度味わっている。1度目は2014年にイスラエル軍の空爆により東ガザのシェジャイヤ地域にある家族と住む家を破壊された時で、2回目は分割払いで購入したアパートが先の戦争で完全に破壊された時だ。

地元団体のジャーナリストであるシャマリ氏は、家族5人で住んでいたアパートをイスラエルの空爆で破壊されたという。

シャマリ氏と家族は、シャマリ氏が 「夢の家」と呼ぶそのアパートで過ごした、数少ないラマダンの時期を懐かしく思っているという。「そのアパートには数年しか住んでいませんでしたが、たくさんの愛と美しい思い出が詰まっており、ラマダンの月にはそれが恋しくなります」

シャマリ氏はさらに、「今年のラマダンの雰囲気はいつもと違っていて、悲しみや痛み、そして多くの絶望に覆われています」と語った。

こうした悲しい思いは、シャマリ氏一家のラマダンの儀式にも反映されていた。いつもなら買うはずの、家を飾るためのランタンや飾りを今年は買わなかった。

「家が破壊されたことに止まらず、今年のラマダンはガザ地区の複雑な状況下で迎えることになる。ガザに住む誰もが、物価の大幅な上昇により最近悪化した生活環境に苦しんでいる」と話した。

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