
エルサレム:その光景は、重大な国家的緊急事態を告げているようだった。反政府デモの参加者が叫び声を上げる中、数十名の機動隊員がテルアビブの通りを埋めた。だが機動隊の任務とは、ヘアセットを受けていた高級美容室からイスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相の夫人を救出することだったのだ。
3月1日夜、抗議デモに参加する人々が「恥を知れ、恥を」という掛け声とともに美容院を包囲した。
この1件で、ネタニヤフ首相の政治家としてのキャリアに長年密接に関わってきたサラ・ネタニヤフ氏のしばしば論争を招く人物像にあらためて脚光が当たっている。
彼女は税金を使って贅沢三昧の生活を送っているとして冷笑を買ってきたが、このイメージは彼女が、政権への抗議デモが盛んに起こった市中心部の美容室でヘアセットを受けようと決めたことでより強められただけであった。デモは1日までは、暴力的な性質のものではなかった。
イスラエル国民は客室乗務員から教育心理学者へと転身したサラ夫人が夫に対し過度の影響力を振るい、人事や政治問題に関しても圧力をかけているとして批判している。
ここで、サラ・ネタニヤフ氏が過去30年間にわたり政治の舞台で論議を巻き起こしてきた経過を以下にご紹介する。
とてつもない浪費家
64歳のサラ・ネタニヤフ氏は、公的資金の不正流用、過大な家計費、世界の首脳からの贈り物の着服など、多くの話題でセンセーショナルな見出しを飾ってきた。
2019年には、司法取引に応じて10万ドル相当の公的資金流用の容疑を示談に持ち込んでいる。
この時の容疑には、すでに政府が雇った専属の料理人がいたにもかかわらず、首相官邸でセレブリティ御用達のシェフに贅沢な料理を注文していたことも含まれる。
また、イスラエルの多年にわたる政治危機を招いた夫ネタニヤフ氏の汚職疑惑にも関与しているとされる。
政治的便宜を図る見返りとして、ネタニヤフ首相は億万長者の友人たちから贈り物(サラ夫人のためのシャンパン数ケースや贅沢な宝飾品数万ドル相当を含む)を受け取っていたとされるが、妻に関してより好意的に報道してもらうことを目的に新聞社と密約を結んでいたという。
なお、ネタニヤフ氏は不正行為があったことを完全に否定している。最近では、議会の委員会の1つがネタニヤフ一家に新たな支出を認めた。この支出には、サラ・ネタニヤフ氏の衣装と化粧品の費用として年間数千ドル分の増額が含まれている。
イスラエルのジャーナリスト、アミール・オレン氏はこう語った。「一般に、彼らは非常に強欲な夫婦と見られています。マリー・アントワネットのような感じですね」
しかも、かんしゃく持ち
以前から、サラ・ネタニヤフ氏の下で家事手伝いをした人々は、彼女の激しいお説教と虐待を訴えていた。
ある時にはサラ・ネタニヤフ氏が広報担当に対して金切り声を上げる電話での会話の録音が流出した。原因はゴシップ欄に彼女の学歴や資格が記載されていなかったことであった。
また別の時には、一家の乳母が鍋のスープを焦がしたことを理由にネタニヤフ氏から解雇され、衣類もパスポートもなしに追い出されたと話した。
2人の使用人は、ネタニヤフ氏によって生活が惨めな状況に陥ったとして訴えを起こし、損害賠償を勝ち取った。内1人は、ネタニヤフ氏がピンクシャンパンその他の贅沢品を好んでいたと明らかにしている。
また、以前からネタニヤフ氏の感情の起伏が極端に激しいことや、不健康なまでの潔癖症を持っていることが友人やスタッフから伝わってきている。
ネタニヤフ一家は、自分たちはメディアが仕掛けた戦争の犠牲者だと訴えており、彼らは「精神に異常がある」という発言をめぐり、エフード・オルメルト元首相に対して名誉棄損の訴訟を起こしている。
決定権は妻に?
ネタニヤフ一家を批判する人々は、サラ・ネタニヤフ氏が首相の決断に口をはさんでいると非難してきた。最近では、かつての政府関係者が、彼女が最高レベルの安全保障の人事権に関して不適切な影響力を振るっていたと法廷で証言した。
今年1月、ある退役将軍が、ネタニヤフ政権の国防長官のポストをめぐり、ネタニヤフ首相が退室した後でサラ・ネタニヤフ氏が45分間彼の面接を行ったと証言した。「過去数年間、サラ夫人の面接や介入なしに任命された政府高官は1人もいません」とエルサレム・ヘブライ大学の政治科学科のガイイル・タルシール教授は語った。
サラ夫人は、夫の右傾化を促し、ネタニヤフ政権による司法制度大改革の決定に力を貸したとして批判を浴びている。この改革案は、イスラエル史上最大規模の抗議デモの引き金となり、イスラエル社会全体、ならびに世界中からの広範な非難をもたらした。
彼女の過去の法的トラブルを考慮すると、政権が画策する司法権の弱体化というプランは、ネタニヤフ氏に劣らずサラ夫人にとっても重要な意味を持つと批評家は指摘する。
サラ・ネタニヤフ氏と彼女の息子ヤイール氏(夫人に負けず論争の的となってきた)はともに、繰り返しイスラエルの「エリート」層、すなわちメディア、官僚、公務員への反感を煽ってきた。
ベンヤミン・ネタニヤフ氏本人は、妻は国政には干渉していないと主張している。
ついていない日
サラ・ネタニヤフ氏への注目度の高さから、反対派の人々は、彼女は単なるファーストレディではなく、抗議活動の正当な対象となりうると主張している。
元将軍で、かつてメレツ党の議員を務めたヤイール・ゴラン氏はラジオ局Kanに対し、「恐れながら、サラ・ネタニヤフ氏は政界の実力者であり」、重要な人事や決定に関与していると語った。
だが、美容院にいたサラ夫人の救出のために派遣された警察官やシークレットサービス、ヘリコプターが織りなす劇的な場面は「混乱の一日」の流れを変えた。
ベンヤミン・ネタニヤフ氏は夜遅くに妻と抱き合う写真をツイッターに投稿し、彼女は無事に帰宅したが、このような「無秩序」によって犠牲者が出る可能性もあると警告した。
サラ・ネタニヤフ氏は3月1日、インスタグラムに投稿し、警察による救出に謝意を表し、人々の発言は支援の気持ちのほとばしりだとして国民に感謝した。
「昨日の出来事によって、人が死んでいた可能性もあります」と彼女は書き込んだ。サラ夫人は反対派の指導者に対し、「暴力と無秩序、扇動」を非難するよう求めた。
この事件はメディアで大々的に報じられた。警察が放水銃、スタングレネード(閃光発音筒)、催涙ガスを民主派のデモ隊に対して用いたことは衝撃をもって受け止められたが、タルシール教授によると、この件はまたしてもベンヤミン・ネタニヤフ氏が世論を操る名人であることを証明した。
「彼は非常にうまくやりました。妻を昨日のデモの完全な犠牲者に仕立てたのです」とタルシール氏は説明した。「ですが、デモ参加者の視点からは、サラ夫人こそが国を二分し、独裁へと走らせる張本人なのです」
AP