
ダニエル・ファウンテン
ロンドン: イサム・アブダラ氏は、2019年の出来事を「人生で最も恐ろしく、屈辱的な日だった」と語った。乗務員が彼の搭乗を「不快」と感じたために、アラバマ州からテキサス州へ向かうアメリカン航空のフライトがキャンセルされたのだ。
機体から降ろされたアブダラ氏は、FBI捜査官に拘束され、名前や職業について問いただされた。その理由を尋ねたところ、「トイレに行って2回水を流したから」と言われたという。
9.11同時多発テロから20年が経過し、人々の空の旅の在り方はすっかり変わってしまった。
テロ発生後に空港や機内で実施されることになった安全対策により、大多数の旅行者はX線検査やセキュリティチェックの列でより長い時間待機することになり、ちょっとした手間を感じることとなった。
2005年以降、民間航空機ではライターの使用が全面的に禁止されたため、喫煙者は預け入れ荷物が到着するまでタバコを我慢しなければならない。また、飛行機のコックピットは乗客が操作できないようにロックされている。パイロットが離席しなければならない場合には客室乗務員がコックピットを守るための指示を受け、ハイジャックを未然に防ぐ仕組みになっている。
そのほかにも、テロ計画を未然に防ぐための対策がとられている。
9.11からわずか数ヵ月後の2001年12月、英国人テロリストのリチャード・リードがパリ発マイアミ行きのアメリカン航空63便で、靴に隠した爆弾を爆発させようと試みた。この事件を受けて、乗客はセキュリティチェックを受ける際に靴を脱がなければならなくなった。
また2006年には、大西洋を横断する10便の機内で爆発させようと、清涼飲料水の瓶に爆発物を入れた大規模なテロ事件が英国警察によって阻止された。その結果、液体の持ち込みが100ml以下の容器に制限されるようになった。
新たな脅威が出現するたびに航空セキュリティは進化し、適応し、実施されてきた。こうした対策は標準化され、現代の航空旅行における重要なプロセスとして受け入れられている。そのおかげでフライトの安全性は格段に向上していると支持者は言う。
しかし、2年前のバーミンガム–ダラス間のフライトに搭乗したアブダラ氏とその同乗者アブデラウーフ・アルカワルダ氏のようなアラブ人やイスラム教徒には、これらの対策に加え、常に暗黙のルールが適用される。9.11以降、宗教や民族に基づくプロファイリングが行われているのだ。これは通常、”無作為な”セキュリティチェックを装って行われている。
アブダラ氏の話は、過去20年間に起きた“おかしな”肌の色や宗教、“おかしな”言語、“おかしな”名前を持つ乗客が関連している事件のひとつであり、これらのチェックが無作為であることに疑問を投げかけている。
英国で精神保健福祉士をしているファイザ・シャヒーン氏は、2016年に新婚旅行から英国に戻る途中、シリアに関する本を読んでいたのを理由に客室乗務員によって飛行機から降ろされ尋問を受けたという。
またアブダラ氏の事件の2年前、ウィーンからロンドン・ガトウィック空港に向かう便で、イラク出身の学生ハサン・アルデワチ氏が、妻に送ろうとしていたメールを他の乗客に見られ、飛行機から降ろされた。内容は「飛行機が遅れているので帰りが少し遅くなる」というだけのものだった。では何が問題だったのか?そのメッセージはアラビア語で書かれていたのだった。
この手の話はまだある。
9.11から20年が経過した今でも、アメリカ、イギリス、フランスなどで生まれ育った人々の一部は、「イスラム教徒のフライト」と専門家が呼ぶ現象に巻き込まれている。
「イスラム教徒のフライト」とは、空港や機内で、イスラム教徒や“イスラム教徒っぽい”と思われる人種の乗客をプロファイリングすることだ。彼らはアラビア語を話したり、携帯電話でニュースを見たり読んだりするなど、ありふれた行動をしているだけで即座に疑いの目を向けられる。
起業家のスーマヤ・ハムディ氏によると、空港に足を踏み入れた瞬間からこのような汚名を着せられることがあるせいで、飛行機での旅行を断念するムスリムもいるとのことだ。彼女はムスリムの観光客が旅行業界で十分なサービスを受けていないことを知り、イスラム教徒向けのホリデーツアーを提供するハラル・トラベルガイド(Halal Travel Guide)を設立した。
「もはや当たり前になっていて、ジョークみたいなものです。『今日は止められるかな?』と自問した結果、十中八九そうなるんです」と、自身もイギリスの空港で頻繁に止められた経験があるハムディ氏は語る。
「旅行者が安心できるようにするのは大事なことです。多くのイスラム教徒やアラブ系の旅行者もそのことを理解していると思います。だからこそ、私たちはそうしたセキュリティチェックもいとわないのでしょう」。
「ヨーロッパの国のいくつか、例えばフランスでは、明らかにイスラム教徒の男性や女性である場合(一般的に女性だとよりひどいが)、あまり歓迎されていないという印象を受けます」と述べています。
ハムディ氏は、「9月11日にまつわる映画などでの文化的説明は、イスラム教徒に対する偏見を助長することに繫がっています。その結果、安心して旅行できる旅行先を精選し始めるなど、多くのイスラム教徒旅行者の内部心理に影響しているのです」と付け加えた。
9.11以降始まった、この疑念に満ちたセキュリティ対策の影響は、アブダラ氏、シャヒーン氏、アルデワチ氏のような旅行者にとって個人レベルで感じられるようになった。
しかし時には、ドナルド・トランプ前米大統領が2017年に命じた、いわゆるイスラム教徒の渡航禁止などの政策により、世界中の何百万人ものイスラム教徒を一挙に巻き込むようにエスカレートすることもあった。
カナダのマギル大学でシニアリサーチ・エクイティアドバイザーを務めるウズマ・ジャミール氏が同年に発表した研究では、こうしたセキュリティ対策に加え、何千人ものイスラム教徒を「搭乗禁止(no fly)」リストに恣意的に含めることは、ジャミール氏が「イスラム教徒の証券化」と称する進行中のプロセスの一部であり、2001年以降、イスラム教徒とイスラム教という宗教を西洋の脅威として構築しようとしていると結論づけている。
ジャミール氏の研究では「『搭乗禁止』リストは、人種的に差別されたイスラム教徒やイスラム教徒に見える乗客を、怪しいコミュニティの一員として不当にプロファイリングすることで、イスラム恐怖症を助長している」という。
「国が収集した『搭乗禁止リスト』を含む情報は、イスラム教徒の集団を容疑者のコミュニティとする既存の“知識”を確認するために使用されています」
「何者なのか、何をしているのか、どこから来てどこへ行くのかを、イスラム教徒であるという理由だけで探ろうとするのは、彼らの人種的・宗教的プロファイリングを促進し、イスラム恐怖症を制度として形にすることに繫がります」と彼女は付け加えた。
ハムディ氏も同意見だ。
「プロファイリングに対抗するために何かが行われているかは分かりません。それどころか、プロファイリングを政策の一部にしようとする協力的な動きがあると感じています。ここ20年ほど続いています」
「私がアメリカに行くのをためらう理由のひとつは、このプロファイリングにあります。『搭乗禁止』リストに掲載される人々は、テロとの実際の関連性ではなく、民族的または宗教的な関連性という点で非常に似通っているのです」
統計データは彼らの結論を裏付けているようだ。
2017年に行われた米国の調査では、入国時に空港で行われる乗客検査の3分の2が”非白人”に対して行われており、身体検査やボディチェックに選ばれた人の97%が全くの無実だったという。
同年に英国内務省が発表したデータによると、英国への入国時に拘束された人の88%も白人以外の人種だった。止められて尋問されたうち、罪に問われたのはわずか0.02%という事実が、問題の大きさを物語っている。
2001年9月11日、世界は間違いなく様々な形で変化し、誰も以前と同じ様に空の旅はできないだろう。空港や機内でのテロに対する恐怖心は、世代を超えて人々に植え付けられた。そして安全の代償として、大規模な(そしてイスラム教徒にとっては往々にして煩わしい)セキュリティ対策が広く受け入れられるようになった。
しかし同時多発テロから20年が経過した今、悲しい現実がつきまとう。テロという残虐行為によって、一夜にして一般の人々がスケープゴートや容疑者にされてしまったのだ。それ以来、飛行機旅行をしたり海外に行ったりという普通のことをするだけで、疑心暗鬼になった人々から疑い目を向けられることになってしまった。