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レバノンを停滞させる「統一政府」という誤謬

ミシェル・アウン大統領と会談するレバノンのナジブ・ミカティ首相。2022年6月29日、バアブダの大統領官邸。
ミシェル・アウン大統領と会談するレバノンのナジブ・ミカティ首相。2022年6月29日、バアブダの大統領官邸。
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30 Jun 2022 06:06:23 GMT9

レバノンの国会議長は国を災難から救う統一政府の発足を呼びかけている。しかし、その災難の原因と、レバノンが適切な統治を行えない原因は、「統一政府」や、全宗派からの適切な代表を意味する「mithakia」や、政策決定への全ての政党の参加を意味する「合意民主主義」などの骨抜きの概念だ。

レバノンにはこれまで常に統一政府が存在したが、国のために真のプログラムを打ち出すことができた政府はなかった。統一政府という概念は、ラフィク・ハリーリ元首相の死後に登場し、ドーハ合意後に実行された。内戦終結直後の1992年から2005年まで続いたハリーリ時代には、政府は技術官僚の政府だった。

ターイフ合意後にハリーリ氏が政権に付いた時、二大キリスト教政党は政権を追われた。ミシェル・アウン氏は亡命中で、サミール・ジャアジャア氏は獄中にあった。ナビ・ベリ国会議長やワリード・ジャンブラット氏など、ターイフ合意のもとで居場所を確保した他の政治家たちは、黙従の見返りとして膨張した政府契約から恩恵を受けた。

ハリーリ時代が汚職を制度化したと多くの人が言う。しかし、ハリーリ時代には国を牽引する事業計画があった。2005年の彼の死後、統一政府という概念が登場した。ヒズボラとアマルに内閣の3分の1のポストと政府決定への拒否権を与えた2008年のドーハ合意後に、この概念は実行された。

レバノンにはまた、mithakiaという骨抜きの概念も存在する。これは宗派からの代表という誤謬で、ドーハ合意後に実行された。すなわち、各宗派で一番強い党がその宗派のための地位を割り当てられるというものだ。つまり、国会でスンニ派議席の多くを得たスンニ派政党から首相が出て、シーア派議席の多くを得たシーア派政党から議長が出るということになる。キリスト教政党と大統領職に関しても同様だ。

政治階級には国のための計画はなく、権力共有の仕組みしかない。この仕組みは最終的に国の利権を分け合うためのもので、各党が政府の施設・部門を領地としてそこからできるだけ多くの金を引き出すために利用される。国の汚職の中心人物である元外相で大統領の義理の息子のジブラーン・バシール氏は、2019年のダボス世界経済フォーラムの傍らでそれを詳しく説明した。同氏は、レバノンは予算なしで国を管理する方法をイギリスと米国に教えられると言ったのだ。

したがって、湾岸国の同僚の言葉を借りれば、レバノンは「農場」になってしまったのだ。ただ彼は、農場だってレバノンよりは秩序があると付け加えたのだが。何においても秩序がなく、あるのは国を略奪することを自分たちの間で合意している腐敗したエリート階級だけだ。彼らは各党に割り当てられた閣僚枠をめぐって争い、あらゆる高額な燃料契約を扱うエネルギー・水資源省などの最も儲かる省庁をめぐって競う。全員が政府の一部であるため、誰も責任を取ることができない。これが抗議グループによる記憶に残るスローガン「killun yaani killun (all means all、「全て」と言ったら「全て」)」の動機だった。

権力から最大限の利益を得ながら、起こったことに対する責任は取らないことにかけては、政治階級は非常に巧妙だ。

ダニア・コレイラト・ハティブ博士 

権力から最大限の利益を得ながら、起こったことに対する責任は取らないことにかけては、政治階級は非常に巧妙だ。これを最もよく表しているのが、失敗を他人のせいにしたバジール氏の有名な発言「ma khalouna(they did not let us、彼らがさせてくれなかった)」だ。

統一政府は実際には民主主義的な実践ではない。民主主義とは、少数派が多数派に従うことであり、多数派が与党となり少数派は野党として与党を常に監視することだ。現在米国で政権にあるのは民主党であり、民主党と共和党の混成ではない。同様に、イギリスで政権にあるのはボリス・ジョンソン首相率いる保守党で、労働党は野党だ。選挙に勝った党は、国のための包括的な政治・経済・安全保障戦略をまとめ、その成否に責任を負う。

米国では国民が直接国家元首を選ぶが、レバノンでは議会が大統領を選ぶから事情が違うと言われるかもしれない。また、二大政党制が存在しリベラルな左派と保守的な右派に政界が分かれている米国やイギリスと違い、レバノンは宗派に沿って政治体制が分かれている国だという指摘もあるかもしれない。

それでも、選挙では彼らはブロックになる。例えば、国会選挙ではヒズボラ、アマル、自由愛国運動は一つのブロックを作り、いわゆる抵抗ブロックとなる。レバノンの場合、考えが近い政党が連立を組み、国会で過半数の議席を得た連立が政府を発足させ、包括的な計画をまとめ、その実行や成功に対する責任を負うべきだ。しかし、政治階級の指導者は責任を取りたがらない。政策に関して食い違っていても汚職に関しては自分たちは「兄弟」だということを彼らは知っている。一緒になって現状を維持したいと思っているのだ。

現在、レバノンは崩壊しつつあり、国際通貨基金による救済パッケージを緊急に必要としている。

2021年9月から2022年5月まで政権を取っており現時点では暫定政府であるナジブ・ミカティ首相の統一政府は、IMFと契約を結ぶことができなかった。2020年1月から2021年8月まで政権を取ったハサン・ディアブ元首相の政府の時もそうで、ベイルート爆発事件に続いて閣僚が一斉に辞任して暫定政府となったのだった。合計で2年半の間、政府と暫定政府はIMFと契約を結ぶことができなかった。合意民主主義のせいでレバノンが強く必要としている契約を。

統一政府とmithakiaという骨抜きの概念が政治的停滞をもたらしている。各政党に逃げ道を与え、状況を他人のせいにすることを許している。解決策は、一つのブロックが政府を作り、包括的な計画を立て、レバノン国民と国際社会の前で責任を引き受けることだ。

 ダニア・コレイラト・ハティブ博士はロビー活動を中心とした米国・アラブ関係の専門家であり、トラック2外交に特化したレバノンのNGOである協力・平和構築研究センターの共同設立者である。

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