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パレスチナ人が憂慮すべきロシアのイスラエルへの譲歩

ロシアとイスラエルの間の亀裂は、パレスチナ人に対して未だに何の影響も与えていない、それには理由があるのだ。(AFP)
ロシアとイスラエルの間の亀裂は、パレスチナ人に対して未だに何の影響も与えていない、それには理由があるのだ。(AFP)
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22 Aug 2023 08:08:08 GMT9
22 Aug 2023 08:08:08 GMT9

ロシア・ウクライナ間の戦争の始まりに続いて、世界規模の冷戦も始まった。米国の有力な同盟国で、ロシア系やウクライナ系、東欧系のユダヤ人たちが有権者の多くを占める彼らの父祖の地イスラエルが、国際的な紛争の渦の中心となるのは至極当然のことだった。

ロシア・ウクライナ戦争が始まった時、イスラエルは右派、中道、左派の寄せ集めの奇妙な連立政権によって統治されていた。こうした党派は、その多くが1980年代後半のソ連崩壊に続いてイスラエルにやって来たロシア系ユダヤ人たちの選挙戦における重要性を認識していた。この急速に拡大しているかなりの規模の有権者層はその大部分がロシア政権に対して批判的であることを世論調査が示している

こうした人口動態が、イスラエルの米政府に対する忠誠心と相俟って、イスラエルの立場を複雑にした。一方では、イスラエル政権はロシアを非難する2022年3月の国連総会決議に賛成票を投じた。これに対して、ロシア政権はイスラエルに「失望」したと表明した。さらには、イスラエルはウクライナ人に加えて戦闘地域からの避難を希望するロシア系ユダヤ人も受け入れたのだった。

他方、当時のイスラエルのベネット首相は、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領やウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領と会談し、仲介役を果たそうと試みた。さらには、イスラエルは再三将来の交渉の場の候補となり、メディア報道においてのみではあるものの和平調停国扱いされるに至った。

こうしたことは何の成果も生み出さなかった。それどころか、後には、いくつもの論議すら呼んだのだった。ウクライナがナチスの協力者を崇拝しているとイスラエルが考えていることに関連した外交問題などである。また、もう一つの見苦しいエピソードは、プーチン大統領が自らを殺害しないという確約をゼレンスキー大統領がベネット首相を通して求めたというベネット首相の申し立てである。ウクライナ側はこれを否定している。

ネタニヤフ首相は、ロシア・ウクライナ戦争とそれに続く世界的な冷戦においてある程度の中立性を保つことを強く望んでいた

ラムジー・バロード

しかし、世界的に重要な大国としてイスラエルがこの紛争に一枚嚙むようベネット首相が尽力している一方で、当時のヤイール・ラピード外相は公然とロシアを避難した。

イスラエルの立場は、同国の政治的、人口動態的な構成の反映だったのかもしれない。また、それは、ベネット首相がロシア政権を宥め、彼の連立政権のパートナーであるラピード外相が米政権を安心させようとした政治的な策略だった可能性もある。

米とロシアは時折イスラエルを非難したが、いずれの政府が用いる表現も、自国の方針に不服従である他の国々に対する脅迫とは比較にならない程度のものだった。実際のところ、ロシア政権はイスラエル政権に対して2月に最も強い警告を発したが、それは、ロシア外務省のマリア・ザハロワ広報官が記者たちに語った「武器を(ウクライナに)提供する全ての国々は、我々ロシア政府はそれら(の武器)をロシア軍の正当な標的と看做すのだということを理解すべきです」というものだった。

ザハロワ広報官が発言の中で行った言及をイスラエルは理解した。その発言が、CNNによるイスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相のインタビューの直後のものだったからだ。そのインタビューの中で、ネタニヤフ首相は、イスラエルは人道援助とは別枠で「他の種類の援助」をウクライナに送ることを「検討中」だと語っていた。同じインタビューの中で、ネタニヤフ首相は、イスラエル政権とロシア政権との関係は「複雑」なものであり、その理由は両国のシリア関連での利益の対立や、中東地域におけるイスラエルの宿敵であるイラン政権とのロシア政権の強い関わりに由来するのだと述べた。

ネタニヤフ首相は、ベネット首相やラピード首相というそれまでの2人の首相とは異なり、ロシア・ウクライナ戦争とそれに続く世界的な冷戦においてある程度の中立性を保つことを強く望んでいた。ネタニヤフ首相が誠実であったかどうかは別問題として、ロシア政権は新たなイスラエル政権の姿勢に対して、以前の政権の姿勢よりは、はるかに強い安心感を持っているように見受けられる。

パレスチナの指導者たちは、ロシア・ウクライナ戦争の開始以降に開けた地政学的空間を活用することにほぼ失敗している

ラムジー・バロード

例えば、2022年7月、ロシア法務省は、100年前に設立された、ユダヤ人のパレスチナへのそしてその後イスラエルへの移住の促進を目的とする政府機関「イスラエルのためのユダヤ機関 」に対して、法的闘争を宣言した。このロシアの動きは明白に政治的なものだった。それは、イスラエル政権がウクライナ側を過剰に支持した場合には、ロシアは多数の報復手段を意のままに使用可能であるという強いメッセージをイスラエル側に送ることにあった。これに対して、イスラエルは、シリアに対する空爆の頻度を上げることで、自国にも選択肢があるのだというメッセージをロシア政権への返信とした。

実際の所、ユダヤ機関への法的措置はイスラエルにおいて深刻な警鐘となった。この件は、イスラエルの政治的策略や一貫性を欠く政治的思惑に対峙するロシアの真剣さを示したのだった。

それでも、ロシアとイスラエルの間の亀裂は、パレスチナ人に対して未だに何の影響も与えていない。それには理由があるのだ。

その1つ目は、ロシアの、そしてそれ以前にはソ連の、イスラエル観は歴史的にロシア自身の政治的優先順位に基づいていたからという理由である。

2つ目は、ロシアのイスラエル政権に対する外交政策における言説は、最近数十年間は、イスラエル政権に対するアラブ諸国の全体的姿勢と概ね連動したものだったということだ。これは、ロシア政権とイスラエル政権の関係が、1967年のアラブ・イスラエル戦争で途絶え、1991年のイスラエル・パレスチナ・アラブ和平交渉で回復したことにも示されている。パレスチナに対するアラブの統一見解が不在の現在、イスラエルの占領に対するロシアの影響力の行使を強める切迫した理由は無いに等しい。

3つ目は、パレスチナの指導者たちは、ロシア・ウクライナ戦争の開始以降に開けた地政学的空間を活用することにほぼ失敗しており、パレスチナ自体がロシアの政治的思惑にとって全く重要ではなくなっているという理由である。

実のところ、イスラエルがロシア・ウクライナ戦争関連でより一貫した、より非攻撃的な立場を取り始めるや否や、イスラエルはその報酬を得るようになった。7月には、エリ・コーヘン外相は、西エルサレムに領事館を開設するというロシアの決定を受け、イスラエルの「外交的成果」を祝った。この予期しない発表では、ロシア政府系メディアの一部が、イスラエルの首都を、テルアビブではなく、「西エルサレム」という表現で言及したことも驚きだった。

パレスチナ問題に対するロシアの姿勢は依然として強固であり、ロシアのイスラエルに対する譲歩は恐らく一時的なものに過ぎず、ロシア・ウクライナ戦争でそうすることが必要になっただけだと論じることも可能だ。強いアラブ支持層がクレムリンにもロシア連邦議会下院にも存在することを念頭に置けば、確かにその通りなのかもしれない。

そして、また、ロシアのイスラエルとパレスチナに対する現時点での外交政策は完全にロシアの優先事項によって理由付けられていると考えることも可能だ。実際、これが真実だ。つまり、ロシア政権がパレスチナの支持者であって当然と考えるわけにはいかず、また、ロシアがエルサレムをイスラエルの首都として完全に承認することも絶対に無いわけではないということなのである。

  • ラムジー・バロード氏は、 20年以上にわたって中東についての執筆を行ってきた。彼は、国際的に活躍するコラムニスト、メディアコンサルタント、数冊の本の著者であり、comの創設者である。 ツイッター: @RamzyBaroud
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