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サウジアラビアの飲食産業の成長 – 地元の店舗展開から多国籍チェーンまで

70年代、リヤドのアルバサー地区にあったモダンなメッカ・レストランには家族向けのコーナーがあったようだ。(提供)
70年代、リヤドのアルバサー地区にあったモダンなメッカ・レストランには家族向けのコーナーがあったようだ。(提供)
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11 Sep 2021 11:09:30 GMT9
11 Sep 2021 11:09:30 GMT9
  • 3,200万人以上の人口を抱えるサウジアラビアでは、現在この分野で企業が競って市場に参入している

ロジエン・ベン・ガッセム

リヤド:リヤドをはじめとするサウジアラビアのほとんどの都市では、1980年代初頭まで輸入食品やレストランの文化は限られていた。

しかし、1980年代半ば以降、ダンマン、リヤド、ジェッダなどの王国の大都市では、サンドイッチ、シャワルマ、ハンバーガーなどの食事が楽しめるようになってきた。

社会史の専門家であるマンスール・アル・アサフ氏は自身のツイッターで、リヤドで最初のシャワルマ・レストランは、キング・ファイサル通りのアブ・ナワズ(Abu Nawas)レストランという店だったと述べている。最初のブローステッド(フライドチキン)レストランはKFCで、1960年代には同じ通りにウインピーレストランがあった。

リヤドでは1982年以来、ザイド・ビン・アルカッタブ通りのアル・マラズ地区で、ファラフェル(潰したひよこ豆などを丸めて揚げた料理)のサンドイッチの食事が提供されている。

アル・アサフ氏がアラブニュースに語ったところによると、サウジアラビアでは1950年代からレストランは存在していたが、1980年代半ばから1990年代にかけて広く普及したという。

「1950年代には、いくつかの都市で高級レストランが存在していました。特に東部州、ジェッダ、そしておそらくリヤドでも。そのほとんどが、リヤドのアル・ヤママ・ホテル、ザレト・アル・シャーク・ホテル、サハラ・ホテルなどのホテル・レストランでした」と語った。

「アルバサー地区の(ハテム・タイ)レストランは、1960年代にはリヤドで最も古いレストランの一つで、かつてはケバブやリブ、コフタなどを提供していました。そこからほど近いオマル・ハイヤーム・カフェでは、人々が集まって無料のプロレス観戦をしたり、アハメド・サイード氏の演説について話し合ったりしていました」と語っている。

政府機関を退職したムハンマド・アル・ハービ氏は、1975年にキングサウード大学の大学生だった頃の話をしてくれた。彼は友人と一緒に、ブカーリというサウジの伝統料理を出すレストランによく行ったという。

「大学の近くにある小さなレストランでした。大学生の私たちは、主に自炊をしていたので、この店には少しお金に余裕のあるときにしか行けませんでした」

アル・アサフ氏によると、ブカーリ・レストランは1960年代から存在していたが、サウジアラビアの伝統的なレストランで床に座って食事をすることが一般的なった1987年頃から増加したという。

アル・ハービ氏によると、王国のほとんどのレストランは男性客に限られていたという。リヤドのザレト・アル・シャークというホテルの中にあるレストランで、家族向けの席があったことを思い出した。

80年代、ファーストフードとペプシソフトを楽しむ若者たち。

「昔は、レストランで家族連れを見かけることはほとんどありませんでした。レストランに行くのは、男性の労働者や学生が多かったんです」

アル・アサフ氏によると、1960年代から1970年代にかけて、リヤドやジェッダをはじめとするサウジアラビアの多くの地域では、レストランに家族席が存在していたという。ただ、家族席のあるレストランの大半は、オープンビュッフェやホテルのロビーなどに限られていたという。

1980年代から1990年代にかけて、国際的な大型ファストフード店や多国籍チェーン店が家族席の拡大に貢献した。

「サウジアラビアで初めてハンバーガーを販売したレストランは、1981年にリヤドのクライス通りのガルフブリッジ下にオープンしたハーフィ(Herfy)です」

ハーフィは、家族連れを歓迎したサウジアラビア初のファストフード店のひとつだった。

アル・アサフ氏によると、1980年代の家族は、家族用のセクションが完全なプライバシーを提供してくれるため、レストランに食事に出かけることを受け入れるようになったという。

「景気の良さもレストランの普及に一役買っていました」

アル・ハービ氏は、1960年代に子供時代を過ごしたが、外食をすることは両親に許されなかった。「マディーナには『サラ・ベーカリー』という、あらゆる種類のケーキやタルトを扱うお菓子屋さんがありました。母が食べさせてくれないとわかっていたので、兄弟で外の窓からタルトを眺めていましたよ」

1990年代には、コーヒーショップが登場し、サウジアラビアの家庭は、さまざまな種類のイタリアンコーヒー、ドーナツ、ティラミス、シナモンロールなどに親しむようになった。

サウジアラビアでは「ビジョン2030」が発表された後、飲食市場が大きく成長した。

3,200万人以上の人口を抱えるサウジアラビアでは、国内外の企業がこの分野への参入を競っている。

娯楽産業や、スポーツイベントやコンサートの増加は、食品分野にもプラスの影響を与えている。この成長はすでに、リヤドやジェッダなどの大都市やアル・ウラーなどの小さな町で、モバイルデリバリーアプリケーションやフードトラック、国際的なレストランや地元のレストランの増加に現れている。

サウジアラビア初のユネスコ世界遺産であるアル・ウラーには、さまざまな種類の移動販売車が出店、アナベルズ、Sass Café、ラ・カンティーヌ・デュ・ファウボーグなどの高級店のポップアップ・レストランも見受けられる。

ここ数年、リヤドには、P.F.チャング(中華料理チェーン)、チプリアーニ、ハッカサンなどの国際的なカジュアルレストランや高級レストランが進出しており、飲食業界では様々な進展が見られた。また、ジェッダの「ラソイ(Rasoi)」など、ミシュランの星付きレストランが王国内にオープンしている。

リヤドのカオウア、ジョルト、ドゥースのようなコーヒーショップは、特にミレニアル世代に人気だ。また、オマー・アル・シャイフシェフのレストラン「KRNSH」のように、地元の有名シェフがレストランをオープンしている。

アル・ハービ氏は、若い世代はレストランの選択肢が多くてラッキーだという。「イタリア料理、フランス料理、日本料理、ギリシャ料理など、今はなんでもあります。リヤドの街には毎日のように新しいレストランがオープンし、サウジアラビアの地元のレストランは国際的な大規模レストランを確実に超えています」

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