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日本人の起業家女性が、世界の女性たちに活力を与える運動を立ち上げる

『ジャパン・ハッカソン』の開幕式で開会のスピーチをする賀奈子氏。
『ジャパン・ハッカソン』の開幕式で開会のスピーチをする賀奈子氏。
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30 Mar 2021 01:03:34 GMT9
30 Mar 2021 01:03:34 GMT9

ナデル・サモウリ

大阪:赤城賀奈子氏は京都、そして日本でも数少ない最初の女性起業家のひとりであり、国内のみならず世界中で暮らす日本人女性のための運動を立ち上げ、莫大な支持を集めている。

賀奈子氏は、地域社会の問題解決のための人材を集める52時間のイベント『Japan Hackathon(ジャパン・ハッカソン)』と共に、現在40ヵ国から200人の学生たちが参加する『京大起業部インターナショナル(KUIEC)』を共同設立した。

日本で起業したいと望む女性たちにとって、直ぐにそれを実行に移すのは難しいと彼女はいう。見本となるような、同様のことをしている積極的な女性たちの例があまりないからだ。

「私のビジネスの在り方は、私が定義します。新たな前例となり、とりわけ日本の女性たちがこの道を進み、自分のやりたいことを世の中に表現してそれを実現させることができるように、勇気づけたいのです」と賀奈子氏はアラブニュース・ジャパンに語った。

『ヒロイン・パワー』も、彼女が長年にわたりオンライン上で育ててきたメンバー専用ページで、変化を糧とするユニークな、反骨精神に富む日本女性たちを集めている。「ヒロイン」とは、度胸があるとされる崇高な資質をもつ女性を指している。

「私は『率直さ』と『分かち合い』という安全な環境を促進すべく努めています。女性たちは、希少な他の同じような女性たちと一緒に、そうしたユニークな大海原の中に自分がいるのだと捉えたときに、声を上げる勇気や自分自身でいる勇気がもらえるのです」と彼女は説明する。

彼女は日本の女性たちが置かれている状況に興味をもちながらも、少し不満にも感じていたと言う。自分自身を表現できないでいる女性たちの心に火をつけ、活力を与えるために、彼女は安全な「同族」としての仲間を立ち上げたのだ。

メンバー専用ページである『ヒロイン・パワー』のバナー上の賀奈子氏

彼女が最初に起業家精神を経験したのは、初めての海外旅行でグアムへ行った小学生のときだったという。英語がほぼ話せない中で、好奇心旺盛な彼女は、道で行き交う人々と関わりを持とうとした。

「両親の教育方針もあって、私は幸運だったと思います。お陰でたくさんの場所を旅することができました。私は6歳から国内ツアーで独り旅を始めました。ほとんどのツアーで、私が最年少でした」と彼女は述べた。そして、次第に旅行体験が海外に広がっていったのだという。

「ヨーロッパへと旅行し始め、ホームステイを2回しました。イギリスではある家庭に滞在しました。ホストのひとりに、両腕の全体に入れ墨をした男性がいました。初めて見たとき、彼はヤクザなのだと思いました」と彼女は付け加えた。

賀奈子氏は、自分を育成してきた関連付けから脱却し始めた。日本社会では、入れ墨は眉をひそめられ、ヤクザが入れるものだとされる。イギリスでの体験は彼女に、異なる種類の「育成」を経験させてくれた。そしてそれは、彼女の頭にあった「人の本質」というものの定義に疑問を投げかけた。

「アメリカで暮らしたときには、巨大な家にショックを受けました。私は豊かさの意味を理解するようになり、そして何よりも、視野というものを理解し始めるようになりました」

しかし、多くの点で文化的に日本とまったく異なるアメリカでの経験が、彼女に人生で最も重要なターニングポイントのひとつをもたらしてくれた。

「アメリカに留学していたときに、広島の原爆がクラス討論の議題となりました。私の討論相手だったアメリカ人の生徒が、米国には広島をあのように攻撃する権利があったと述べました。当時の私の英語は拙く、原爆に関する見解を英語にして伝えるのに、辞書が必要だったことを覚えています」と賀奈子氏は述べた。

この時の文化の衝突が、蓮の花を育てる泥水のような役割を果たした。

「ミスター・セルフという変わったあだ名で呼ばれていたその時の先生は、私に、批判的に考え、自分を弁護するよう励まし続けましたが、もちろんそれは私にとって驚きでした。日本では、女性がはっきりとした意見を持てば難色を示され、それによって不当な目に遭うことさえあります。ミスター・セルフは私に、異なる意見をもつことを恐れるべきではないと言い続けました。この先生からの励ましが、現在に至るまでの私の人生に影響を与えています」と彼女は述べた。

それは、賀奈子氏が「ノー」を言うことを学んだ日であり、そして、自分に降りかかってきた物事に従うのではなく、自分が欲する物事を世の中に求めることを学んだ日であった。

彼女は、一般的な通念とは異なり、生産性が良すぎることは必ずしも良いことではないと助言し、非生産的なやり方が時として、目標到達の一番の近道であるのだと考える。人々は常に慌ただしく自分の人生の地図を解読しようとし過ぎているように思うと彼女はいう。創造性とは、脳があまりにも退屈しているときに方法が湧いてくるものなのだと考える。

「どこかへ行きたいのでなければ、必ずしも地図は必要ありません。目指す山が見えている限り、やがて道は見つかります。地図は時として混乱を招き、分析し過ぎて行動が起こせなくなってしまうこともあります。すべての行路を知る必要はありません。目的地の方向を示す羅針盤さえあればいいのです」と彼女は説明する。

彼女は、いかにしてシグナルを読み取るかを学ぶことが重要だと感じている。そして、かつて友人から受け取ったシグナルの話を語ってくれた。その友人は彼女に、著書『7つの習慣』で知られる世界的に有名な著述家スティーブン・コヴィー氏に接触し、現在日本でベストセラーとなっている彼女の著書に関する賀奈子氏のアイデアを話してみてはと助言したのだ。

彼女はその後、もう一冊の著書を執筆した。彼女が本を執筆するとき、それは好奇心の閃きから始まった。なぜ裕福な起業家の多くが常に不幸せであるのか、そして男女の愛情を破綻させてしまう結果となるのかという疑問が湧いたのだ。その根拠を知りたいと思ったのは、彼女と夫は起業したいと望みながらも、将来別れることになる可能性を考えたくなかったのが理由だ。

賀奈子氏と夫は、結婚式の最中に仕事を辞める決心をした。ふたりはコヴィー氏の日本の会社であるフランクリン・コヴィーのCEO、ビル氏に会い、このテーマについて話し合った。ビル氏はこれを非常に刺激的で面白いと考えた。

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