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サウジのヒーロー、イブラヒム・アル・マルズーキ、イスラム諸国競技大会で銅メダルの栄光

コンヤ2021でのアル・マルズーキ選手 @saudiolympic
コンヤ2021でのアル・マルズーキ選手 @saudiolympic
イスラム諸国競技大会で母親と一緒のアル・マルズーキ選手 (@saudiolympic)
イスラム諸国競技大会で母親と一緒のアル・マルズーキ選手 (@saudiolympic)
コンヤ2021で銅メダルを喜ぶイブラヒム・アル・マルズーキ選手 (@saudiolympic)
コンヤ2021で銅メダルを喜ぶイブラヒム・アル・マルズーキ選手 (@saudiolympic)
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21 Aug 2022 04:08:21 GMT9
21 Aug 2022 04:08:21 GMT9
  • 15歳のパラリンピックのスイマーは1年ほど前に競技を始めたばかりで、夢の実現に立ちはだかる大きな壁を乗り越えなければならなかった

カリード・アララファ

リヤド: トルコで開催されていた第5回イスラム諸国競技大会が木曜日に閉幕し、サウジアラビアの出場選手たちが多くの好成績を収めた大会となった。

延期されていたコンヤ2021の王国代表選手団は合計24個のメダルを獲得した。その内訳は金メダル2個、銀メダル12個、銅メダル10個だった。

空手競技ではオリンピック銀メダリストのタレク・ハムディに期待が集まった一方、特に陸上競技、重量挙げ、卓球団体戦も高いパフォーマンスを発揮した。また、サウジアラビアのU-23サッカーチームは決勝戦で開催国のトルコに接戦で敗れたが銀メダルを獲得した。

だが最も印象的なのは15歳のパラリンピック選手、イブラヒム・アル・マルズーキ選手のストーリーだろう。同選手は50mバタフライ決勝で49秒12の3位となり、サウジ初のメダルを獲得した。

驚くことではないが、同選手の若いキャリアは逆境を乗り越えてきた。

両腕に障害があるにもかかわらず、この10代の選手は幼い頃から「あきらめない気持ちと不屈の精神があれば不可能も可能になる」と信じてきた。

「大会前は大きなプレッシャーと困難を感じていたので、最初、この経験は驚きでした。でも、メダルを獲得できたことで、私にも物事を成し遂げられるのだという大きな自信を得ました。困難に直面しても私は決してあきらめません。」とアル・マルズーキ選手は話した。

同選手のメダル獲得がさらに凄いのは、競泳を始めたのがごく最近だということだ。

「私が競泳を始めたのは約1年前でした。サッカーチームに登録するためにリヤド・クラブに行ったんです。その後、水泳のサウジ代表チームから、水泳のできる若者の募集通知がクラブに届きました。」と同選手は話す。

「そして、母が私には水泳の才能があると言ってくれたんです」

アル・マルズーキ選手はトレーニング基準をどんどん高め、序列も急激に昇っていった。

「私は障害者協会で軽めの水泳からトレーニングを始めました。その後は目標達成のために犠牲を払わねばなりませんでした。」とアル・マルズーキ選手は言う。

昨年サウジアラビア代表として大陸レベルの大会に出場した実績をもってアル・マルズーキ選手はイスラム諸国競技会の開催地コンヤに向かったが、目標はそれほど高くなかった。しかし、同選手は自分自身をも驚かせることになった。

「私が何かを成し遂げられるとは思ってもいませんでした。」と同選手は話す。「闘った他の選手たちと比べても、自分がやりとげられるとは思っていませんでした。他の選手たちは私より強く、競泳歴も長かったのですから。」

アル・マルズーキ選手がトルコで栄光を手にするまでの12ヶ月間に多くの困難があった。

本人曰く、初めの頃のプールでのタイムは「ダメ」だったが、粘り強く努力し続けた結果が実を結ぶことになった。

「私のタイムで出場資格が得られるような大会はありませんでしたが、ありがたいことに、このおかげでより厳しいトレーニングを積み、自分自身にプレッシャーをかけて現時点の自分に成長することができたのです。」

その間、両親のサポートが同選手を支え続けたという。

サウジのパラリンピック水泳代表としての初の公式出場大会は約9カ月前にバーレーンで開催された2021アジアユースパラ競技大会で、5種目に出場して金・銀メダルを獲得した。

「とても嬉しかったです」と同選手は振り返る。「誰しも喜ぶのは当たり前のこと。今でもあの初出場はうれしいです。トルコでの優勝は事実ですが、初優勝の喜びは格別です。」

バーレーンでの大会に参加したアル・マルズーキ選手はすぐにトルコに目を向けた。

「私の日課はイスラム諸国競技会に向けてトレーニングを続けることでした。私は(コンヤ2021は)アジア選手権よりもタフだと思うし、私がトレーニングを終えた後でさえ他の選手は準備や実力の面で私の先を行っていました。」とアル・マルズーキ選手は話した。

「でも挑戦することで銅メダルを獲得でき、自信になったので良かったです。」

アル・マルズーキ選手は近年サウジアラビアでパラリンピックが注目され、一般選手だけでなくパラアスリート向けにも新しいプログラムが立ち上がっていることに感謝している。

サウジメディアの応援も大いに力になっていると同選手は言う。

「私にとって練習はとてもきついです。障害の無い選手や私のカテゴリーではない選手とトレーニングをしていたので練習はとても大変でしたが、順応できました。」とアル・マルズーキ選手は話す。

今後アル・マルズーキ選手は2024年のパリ・パラリンピックをすでに目標としている。

「神の思し召し、決意と努力と勤勉さをもって私は金メダルを目指します」と24年の大会時でもまだ17歳の若さのアル・マルズーキ選手は言った。

同選手は自身の成長を支援したサウジ・オリンピック・パラリンピック委員会、特にその会長のアブドルアジーズ・ビン・トルキ・アル・ファイサル王子を賞賛した。

トルコでのアル・マルズーキ選手の銅メダル獲得を受け、アブドルアジーズ王子は「あなたは特別なヒーローであり、スポットライトを浴びるのにふさわしい」と述べた。

それはサウジ国民の誰もが共有している感情です。

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