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メッカを巡礼した最初の日本人

記録によると、最初の日本人イスラム教徒は1909年に改宗したウマル山岡氏(右)である。彼の改宗の背景には、アブドゥル・ラシード・イブラヒム氏(左)との出会いがあった。(Youtube / ILM FILM)
記録によると、最初の日本人イスラム教徒は1909年に改宗したウマル山岡氏(右)である。彼の改宗の背景には、アブドゥル・ラシード・イブラヒム氏(左)との出会いがあった。(Youtube / ILM FILM)
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22 Oct 2020 12:10:12 GMT9
22 Oct 2020 12:10:12 GMT9

アラブニュースジャパン

日本とサウジアラビアとの絆は、1900年代にメッカを巡礼し、聖なる式典に出席した最初の日本人によって、より堅固になった。その巡礼によってイスラム教についての理解が促進された上に、両国関係も強化された。

記録をみると日本人で初めてメッカ巡礼を行ったのは山岡光太郎氏であり、同氏はその後1909年にウマル・ヤマオカと改名した。

同氏が改名・改宗した背景には、ツァー体制のロシアに反対する政治活動家のアブドル・ラシド・イブラヒムと出会いが関係している。

ヤマオカ氏がロシア語で会話できることが判明した後、ヤマオカ氏はイブラヒムとともにメッカ巡礼に同行するよう依頼され、ボンベイでイスラム教に改宗するよう強く促された。

メッカ巡礼にむかう行程でヤマオカ氏は旅程を記し、自らが観察したことについての考察を記した旅行記を書き続け、日本に帰国後、著書によって巡礼経験を伝えるとともに、イスラム及びメッカについて日本人と議論し始めた。

ヤマオカ氏の教えを契機として、他の日本人イスラム教徒もメッカ巡礼をするようになった。たとえば1994年にメッカ巡礼にむかった2人目の日本人であるヌーア・ムハンマド・タナカ・イッペイ氏(田中逸平)がおり、同氏は1933年に再度メッカ巡礼を果たしている。

田中逸平氏は日本において、そのイスラム研究で知られており、自らのメッカ巡礼について1925年に『イスラム巡礼・白雲遊記』を著した。

田中逸平氏は一人で巡礼に赴いたのではなく学生2人を同行させた。イノウモト・モモタロウ氏とタケシ・ソズキ氏であり、両人ともにメッカ巡礼について著書をものしている。

ソズキ氏は1943年に『聖地メッカ巡礼の旅』という著書を出版した。同書はメッカでのアブドゥル・アズィーズ王謁見について、及びアブドゥル・アズィーズ王の個性をいかに敬愛しているかについて記している。

同書は1999年にキング・アブドゥルアズィーズ公立図書館によってアラビア語版も出版された。

「もし アブドゥル・アズィーズ王がこの世に存在していなかったら、アラビア半島は今日まで統一されていなかったであろう… この王の強靭な体と恐るべき体格、満面に広がる力強い表情を今でも思い出す」とソズキ氏は同書で国王について記している。

ソズキは同書において、サウジアラビアが地理的にも宗教的にも全イスラム諸国に とっていかに重要な存在かについても詳述している。

もう一人の日本人巡礼者であるスズキ・ツヨシ氏は1938年、1935年、1937年に聖なる式典に参加しており、その結果、メッカ巡礼において通常実施される儀式についてよく記憶し深く理解するようになった。そして先人同様、同氏は自らのそうした知見を日本の人々に伝えた。

ヤマオカ氏や田中逸平氏やスズキ・ツヨシ氏以外にも、多くの日本人がメッカに巡礼しようとしたが、その行程の困難にたえきれず、引き返している。

サウジアラビアは、宗教的目的のみならず経済的な目的で渡航する日本人にとって多くの成果をえられる場所であることが示されてきた。

その後、1937年に多くの日本人巡礼者がサウジアラビア財務大臣等の著名な人物と面会し言葉を交わす機会を与えられた。このサウジアラビア財務大臣は両国との間で橋渡しを行い、貿易や商業活動に向けて門戸を開放することに関心を表明しており、その成果が今日にいたる同盟関係に発展している。

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