
ロンドン:10月7日以降、ガザ地区でのイスラエルとハマスの戦争は、ダブルスタンダードの疑惑や国際政治における二重構造の争点といった国際法の矛盾を浮彫りにしてきた。
この論争の中心となっているのは、イスラエルによるパレスチナ自治区の飛び地であるガザ地区への7週間にわたる空爆、そしてイスラエル政府上層部の複数人のメンバーによる野卑な発言が、世界最新のジェノサイドが行われつつあると見なす根拠となっているという主張である。
英国の独立調査団体「イラク・ボディ・カウント」によると、イスラエル・ハマス戦争の開始以来の7週間でガザ地区において殺害された女性と子供の人数は、2003年に始まったイラク侵攻の最初の1年間で米国とその同盟諸国の軍隊が殺害したと記録された民間人の人数である約7,700人よりも多いという。
そして、AP通信の推計では、イラク政府軍と同盟民兵組織によるダーイシュからのモスル奪還作戦(2016年~2017年)の9ヶ月間での民間人死亡者数は推定合計9,000人~11,000人である。
イスラエルにジェノサイドの罪を問う取り組みは、今回の突発的な大戦災よりも昔から行われてきた。2014年には全米法律家教会、同じく2014年にはパレスチナ問題についてのラッセル法廷、そして2016年には憲法権利センターが、ガザ地区の包囲を「スローモーションのジェノサイド」と表現していた。
800人を超える国際法学者のグループは、最近のイスラエルの猛攻撃により、ジェノサイドが進行していると見なす根拠が、既に満たしていた要件と合わせて、さらに増加したと主張している。
「2023年10月7日以来のガザ地区にたいする武力攻勢は、その規模と重大性において前例のないものです。その結果、ガザ地区の住民への影響も大きくなっています」と、トワイル・レビューに掲載された「公式声明:学者たちによる潜在的なジェノサイドへの警告」と題された公開書簡には記されている。
この公開書簡では、その意図を示すために、イスラエル軍事部門の2人の高官の10月10日のコメントが引用された。
ガザ地区の住民について、パレスチナ自治区における政府活動の調整官を務めるイスラエル軍のガッサン・アリアイン少将は、「動物のような人間たちはそのようなものとして扱う必要があります。電気も水もなし、壊滅あるのみです。地獄が望みなのだから、地獄に行くというわけです」と語った。
同日、イスラエル軍のダニエル・ハガリ報道官は、「命中の精度ではなく、与える損害に重点を置いています」と述べた。
また、イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相が、イスラエル人はハマスとの戦いで団結を果たしたと発言したことを指摘する人々もいる。ネタニヤフ首相は、この発言の際、ハマスと戦うイスラエル国民を古代部族のアマレク人に喩えた。サムエル記において、アマレク人は、古代イスラエル人に「攻撃せよ…そして彼らに属するもの全てを完全に破壊せよ」と告げられる。
ジェノサイドの根拠と見なし得る公的な声明のリストは長くなるばかりである。11月17日には、イスラエル議会の副議長がガザ地区を焼き払うことを呼びかけたという申し立てがこのリストに加わった。
極右のリクード党員であるニッシム・ヴァトゥリ氏は、「ガザ地区内のインターネットの有無にばかり気を取られているのは、私たちが何も学んでいないということを示しています。私たちは人道的に過ぎます。ガザ地区を今すぐに焼き払ってしまおう!」とツイートした。この投稿は、他のXユーザーが保存したものの、その後削除された。
イスラエルの攻撃をジェノサイドとして非難する声の高まりは止む気配を見せないが、ジェノサイドと国際法の研究の専門家らによると、これはより複雑な側面を有する問題であるという。
専門家らは、異論の余地無くジェノサイドと認定する事は不可能であり、ジェノサイドの立証を行うことは「信じられないほど困難」であると語る。
ノートルダム大学の平和学と国際政治学の准教授であるエルネスト・ベルデハ氏は、ガザ地区で起きている事をジェノサイドと認定することは、非常に多くの理由により、複雑で困難なことだとアラブニュースに語った。
「ジェノサイドという用語は多様な文脈で多様な意味で使用されています。それが混乱を招き、その結果、見解に相違が有る場合には、深い怨恨と怒りを引き起こしてしまうのです」と、ベルデハ氏はアラブニュースに語った。
「一般的な言説では、ジェノサイドは民間人に対して為された大きな悪を表現するために用いられる用語です。それ故に、イスラエルの擁護者たちは、ハマスや、時として全パレスチナ人を、ジェノサイドを行ったとして非難し、パレスチナ人とその擁護者たちはイスラエルを同じ罪で非難し、シオニズムがジェノサイドを誘発したと断罪するわけです」
しかし、国際法においてはジェノサイドという用語は具体的な定義を有しており、事象へのジェノサイドという用語の法学的適用性の判断においては、一般的な言説での「ジェノサイド」の意味とは異なるその定義が用いられるのだとベルデハ氏は語った。
国連の「集団殺害罪の防止および処罰に関する条約(ジェノサイド条約)」に含まれている定義では、ジェノサイドとは「国民的、民族的、人種的または宗教的な集団の全部または一部を、破壊する意図を持って行われる以下のいずれかの行為を指す」とされている。
そうした意図を持って行われる行為とは、「集団の構成員を殺害すること、集団の構成員に身体的または精神的に重大な危害を加えること、集団にその全部または一部の身体的破壊をもたらすよう意図した生活条件を意図的に課すこと、集団内の出生を妨げることを意図した措置を課すこと、集団の子どもを他の集団に強制的に移送すること」である。
ジェノサイドの申し立てを立証する決め手は、加害者側が「民間団体の全体または一部の破壊」を意図していたことを証明出来ることだとベルデハ氏は述べた。
カンボジア・ジェノサイド・プログラムの代表者であるベン・キアナン氏は、イスラエルによるガザ地区に対する攻撃が「どれほど無差別であったとしても…そして膨大な人数の民間人が犠牲となったにも関わらず」、ジェノサイドの法的定義の「非常に厳格な基準」には達していないとタイム誌に語った。
イェール大学のジェノサイド研究の責任者であるデビッド・サイモン氏もこれに同意し、イスラエルはハマスを殲滅するとの願望を明確に示してきたと語った。
サイモン氏は、また、イスラエルは「宗教的、民族的、または人種的集団を破壊する」意図を明確に示したことはなかったともタイム誌に述べ、ハマスやイスラエル国防軍がジェノサイドの罪を犯したと結論付けることは可能かもしれないものの、「教科書的な明快なジェノサイド認定にはなり得ません」と付け加えた。
こうした議論の渦中においても、パレスチナの3つの人権団体がイスラエルを国際刑事裁判所に提訴しようとしており、正義を希求する努力は衰えを見せていない。
人権団体のアルハク、アルメザン人権センター、そしてパレスチナ人権センターは、パリ弁護士会及び国際刑事裁判所の法廷弁護士であるエマニュエル・ダウド氏を代理人として、ジェノサイドの申し立てを行い、国際刑事裁判所に提訴した。
提出された書類では、イスラエルによる空爆、包囲攻撃、ガザ地区住民の強制移住、有毒ガスの使用、食料や水といった生活必需品と燃料や電力の供給の拒否が指摘されている。
とはいえ、今回の提訴よりも重要なのは、おそらく、ウクライナに対する戦争犯罪でロシアの指導者たちを提訴し、ウラジーミル・プーチン大統領の逮捕状を国際刑事裁判所から取得するに至ったダウド氏の発言だろう。
「戦争犯罪がウクライナで行われようと、パレスチナで行われようと、犯人の責任は問われるべきです」と、ダウド氏は述べ、「国際司法はダブルスタンダードを容認してはならないのです」と付け加えた。
マウント・ロイヤル大学で社会学教授を務めるM. ムハナド・アイヤシュ氏もダウド氏と同じ意見だ。アイヤシュ氏は、イスラエル人の殺害に対する欧米諸国の反応と、パレスチナ人の殺害に対する欧米諸国の反応「またはその欠如」、そしてロシアがウクライナに仕掛けた戦争に対する欧米諸国の対応を明確に比較してみせた。
「イスラエルの民間人の殺害とパレスチナの民間人の殺害のそれぞれに対して欧米諸国がどのように対応したのか、その差異を精査する必要があります」と、アイヤシュ氏は、学者や研究者が執筆した記事を掲載する独立系ニュースサイトの「ザ・カンバセーション」に寄稿した。
「イスラエルの国家と襲撃の犠牲者たちに対しては、政治や軍事、経済、文化、社会機関が総動員で支援を提供しています。パレスチナ人に対する同様の支援は完全に不在です。パレスチナ人は退避すら出来ないのです」
「空母が軍事支援のために派遣されることもありません。主流となっている政治的、文化的な言説は、パレスチナ人たちの生活を人間らしいものとして扱うこともなければ、パレスチナ人たちの死を悼むこともないのです」
ジェノサイド条約は、その当時も将来もジェノサイドの容疑から指導者たちを保護し得ると多くの当事者が確信した形になるように複数の強力な国家が交渉を重ねた成果として構築された。この成り立ちを鑑みると、そこにダブルスタンダードの存在が認識されることはおそらくは驚くべきことではないのかもしれない。
ノートルダム大学で平和学と国際政治学を専門としているベルデハ准教授は、ジェノサイド関連の議論がより喫緊の問題への取り組みを阻んでいる可能性があると警告し、民間人の保護と加害者の責任を追及するよう指導者層を促すことに一層の重点を置くことを呼びかけている。
「国際法において、人道に対する罪やジェノサイド、戦争犯罪の間に序列はありません。どれもが国際法の重大な違反です。ジェノサイドを行っていないが故に、すべての行為が合法であったり、正当化されたりすることはないのです」と、ベルデハ氏は語った。
「当然のことながら、人道に対する罪と戦争犯罪は、厳密な意味での故意性の証明が不必要なため、ジェノサイドよりも法的な立証が容易です」
議論の中で自身の立場を尋ねられたベルデハ氏は、ジェノサイドは結果ではなく、加害者が自らの行動が目的達成には不十分な状況となってしまっていることを自覚する中で時間の経過と共に明確化するプロセスなのだということへの留意が重要だと述べた。
ベルデハ氏は、ハマスとイスラエルの双方が人道に対する罪を犯し戦争犯罪を行ったことは確信しているものの、その指導者の用いるレトリックとは裏腹にハマスはジェノサイドを実行する能力を欠いていると考えている。
イスラエルについては、「ジェノサイドを実行中である可能性が高い」とベルデハ氏は述べた。