
タレク・アリ・アマド
ベイルート:バレンタインデーのベイルート。27歳のハヤは、33歳の友人メリッサが共通の男性の友人とデートを楽しめるよう最高のプランを準備した。
色とりどりのユリの花束を注文し、職人手作りのチョコレートのきれいな箱詰めを買い求め、町で一番人気のレストランを予約した。残念ながら、急な出張が入り、ロマンチックな夜はお預けになった。
「結局、彼女の家にピザハットのピザをサプライズで持って行きました」とハヤは話した。「ピザを引き取りに行くと店が空いている時間だったので、シェフがハート形のペパロニで飾ってくれました」。
メリッサと彼女の当時のボーイフレンドには計画どおりのロマンチックな時間ではなかったかもしれないが、それでもハヤたちにとって楽しい思い出の夜になった。
そして当然2人はレバノンの人気ピザチェーン閉店のニュースをひどく悲しんだ。また飲食店が国の経済危機の犠牲になったのだ。
5月23日、ピザハット・レバノンはFacebookにメッセージを投稿した。「チーズを詰めたクラストピザをサーブするたびにお客さまの顔に浮かんだ笑顔をきっと忘れません。ピザハットにとっては、いつでも最高級のピザと時間をお届けすることが何よりも大切です。また同じサービスを提供できるようになる日まで、残念ですがお別れです」。
近年、おびただしい不運に見舞われている国で、ファストフードチェーン、それもピザハットのようにどこにでもある国際的ブランドの店が1つつぶれたくらいで取り乱すのはおかしいと思う人もいるかもしれない。
だが、レストランであれ家庭であれ、テーブルに並んだピザは家族や友人と楽しむ社交の場の象徴だと考える人もいるのだ。タコス、ハンバーガーとフライドポテトではさまにならない。
だから、チェーンのピザがもう食べられないという落胆以上の喪失感にさいなまれるのも無理はない。良い仲間と過ごした貴重な思い出の多くが、ピザの味わいと共に生まれているという認識もかかわっているのだろう。
レバノンの飲食店の減少
* 4,200軒 – 2019年の夏以降に破綻したレストランとカフェ
* 2,000軒 – 2020年8月4日の爆発事故で被害を受けた店舗
* 896件 – 2021年に廃業した食品・娯楽ビジネス
ドバイのコンサルタント、ファラ・タブシュ氏がアラブニュースに語った。「私の思い出は、PHD(ピザハット・デリバリー)が始まったときのことです。当時、母が博士号(PhD)を取得しようとするところでした。PHDを注文しよう、と話していると、まだ子どもだった弟が戸惑った顔で『PHDってママの仕事だと思ってたよ』と言いました」。
「ピザハットといえば、テストでいい点数をとったときなどのごほうびでした。両親に『宿題を終えたらピザハットを注文しよう』と言われるととてもやる気が出たものです」。
レストランでの体験が一番恋しいと話す客もいる。
「人とつながり合える場所 — ピザハットはそんな存在でした」と、経営学修士課程で学ぶエンジニア、サラ・シブリーニさんは語った。
「単なる宅配やテイクアウトではありません。ピザハットといえば、店内でみんなと一緒に美味しいピザを食べた楽しい時間が思い浮かびます」。
1958年にカンザス州ウィチタで創立、支店数では世界最大のチェーンであるピザハットが、レバノンから撤退または規模を縮小する国際ブランドのひとつに加わった。
他には、清涼飲料メーカーのコカ・コーラ、付随するファンタとスプライト、スポーツウェア企業のアディダスなどが挙げられる。アディダスは首都の店舗を閉鎖し、第三者の業者を介した販売に絞っていくという。
これらのブランドの動きは、通貨の急落、インフレ率の急上昇、社会不安の高まりなどのレバノンの度重なる危機への対応だ。状況は、新型コロナウイルス感染症の拡大、昨年8月のベイルート港の大爆発事故、政治の停滞によって悪化している。
カフェ・エムナジ、グランド・カフェ、クークリー・フレンチビストロをはじめとする地元の店舗も次々と閉鎖を余儀なくされている。
「レストラン、カフェ、ナイトクラブ、ペストリー企業連合」のトニー・ラミー代表は、「2019年夏から続く危機のために、レストランやカフェが8,500軒から4,300軒に減少しました」とアラブニュースに語った。今年だけでもすでに896軒の店舗が閉鎖したという。
昨年のベイルートの爆発事故では2,000軒以上の店舗が半壊、または全壊した。死者200人、けが人6,000人の被害を出し、流行の飲食スポットを含む都市の大部分が破壊された。
凄惨な打撃を生き延びた企業の多くは、金融危機とパンデミックの影響に苦しめられている。かつてイランの最後の皇帝モハンマド・レザー・シャー・パフラヴィー、モナコのアルベール王子、元フランス大統領のジャック・シラクら錚々たるゲストをもてなしてきた5つ星レストラン、ル・ブリストルホテルでさえ、財政が逼迫し、70年近い歴史を閉じた。
長い間ホテルを支えてきたコミュニティの困窮を和らげるため、ホテルのオーナーは、地元の非営利団体ベイト・エル・バラカに備品をすべて寄贈した。港の爆発事故で住宅や収入を失った町の人々の支援になるという。
約2,750トンの硝酸アンモニウムのずさんな管理によって引き起こされた爆発は、金融危機と感染症拡大に伴う厳しい規制の圧迫に耐えてきた多くの事業主にとって最後の一撃になった。
「2020年と2021年に何度か完全・部分的都市封鎖が行われ、事業再開は可能になったものの、現在は営業コストが利益を上回ってしまうため、レストラン業界は慎重になっています」とラミー氏は言った。業者からの購入費用が公式のドル為替レートよりもはるかに高い並行市場のレートに基づいており、仕入価格が高騰しているためだという。
パンデミックによって日常生活が停滞する前から、レバノンは前例のない規模の経済的破綻に見舞われ、通貨の価値が80%下落していた。
世界銀行によると、昨年の実質国内総生産の伸びは20.3%縮小し、インフレ率は3桁に達した。1975年から1990年に起きた内戦以来最悪の金融メルトダウンは、国内に社会不安を引き起こした。
レストランの閉店
2019年10月 – グランド・カフェ・ダウンタウン
2020年4月 – ル・ブリストルホテル
2020年8月4日 – カフェ・エムナジ
2020年10月 – クークリー
2021年5月 – ピザハット
失業率とインフレ率が上昇し、人口の半分が貧困に陥る中、スーパーマーケットでは食用油や粉ミルクなどの生活必需品をめぐって争いが起きている。
一方、現在は暫定政権がベイルートの爆発事故後に広がった政治不信から総辞職した内閣を引き継いでいるが、政治家が新内閣の組閣をめぐって小競合いを続けているため、10か月たった今も状況は変わっていない。
数十年にわたって多くの困難に耐えてきたレバノンの人々は、明けないように思える暗闇の中でさえ常に希望を見いだす。たとえば、ピザハットなどの欧米ブランドの撤退は、地元のビジネスにとっては空いた隙間に入っていくチャンスだと考える人もいる。このような代謝は、社会的および文化的ルネッサンスにつながるかもしれない。
「地元の企業には大きな希望があります。ピザハットが閉まっても悲しくはありません。むしろ、地域繁栄のチャンスだと思うからです」と、シブリーニさんはいう。
「どれだけいろいろなことを覚えていると言っても思い出は思い出です。思い出は過去でしかありません」。