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自らの占領手法の報いを受けるイスラエル

犯罪の急増への対処にあたっての現イスラエル政権のアプローチは、権威主義政権の戦略集から採られている (AFP)
犯罪の急増への対処にあたっての現イスラエル政権のアプローチは、権威主義政権の戦略集から採られている (AFP)
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06 Sep 2023 10:09:02 GMT9
06 Sep 2023 10:09:02 GMT9

パレスチナ系住民の町や村における地域内殺人やその他の暴力・犯罪のレベルが、恐ろしいほど高いことに議論の余地は無い。イスラエル内のアラブ人コミュニティ全体が殺戮の規模に衝撃を受けている。イスラエル内で殺害されたパレスチナ人市民の人数は、昨年111人だったのに対して、今年は本記事の執筆時点で既に165人となっている。これは強い動揺を誘う数字だ。また、この状況の根本的原因が、独立初期から数十年に及ぶ、イスラエル政府による(多くの場合意図的な)放置と差別であることにも議論の余地は無い。

しかし、この極端な犯罪の急増を解決するにあたっての現イスラエル政権のアプローチは、民主主義ではなく権威主義政権の戦略集から採られている。それは、主として連立与党内の極右勢力の影響力が過大であるためであり、特に、警察活動や資源配分を管轄する省庁を極右勢力の幹部らに委ねているためである。

こうした閣僚の多くは入植者である。彼らは、人種差別的な思考を持ち、占領下のヨルダン川西岸地区で用いられた法と秩序の強制のための嘆かわしい手段を、少なくとも原則的にはユダヤ系イスラエル国民の男女と同様の権利を享受し得るイスラエル国籍のパレスチナ人に対しても適用することを求めている。換言すると、こうした極右勢力の幹部らは、イスラエルの人口の20%を占める人々の基本的人権の侵害を呼びかけているのである。イタマル・ベングビール国家安全保障相による提案の内、最も懸念すべき2つは、イスラエル総保安庁をこの地域社会での殺人事件の捜査に関与させること、そして、行政拘留の導入である。

現イスラエル政権のアプローチは、民主主義ではなく権威主義政権の戦略集から採られている

ヨシ・メケルバーグ

イスラエル総保安庁の役割は、犯罪行為ではなく、国家安全保障上の脅威への対処でる。イスラエル総保安庁のロネン・バー長官ですら、同庁が国家安全保障とは無関係の捜査に関与することに強い懸念を表明している。ベンヤミン・ネタニヤフ首相との会談で、バー長官は、「もしイスラエルが対峙するあらゆる問題に総保安庁を関与させたとしたら、イスラエルは別の国になってしまうでしょう」と述べたと報じられている。バー長官の言った「別の国」とは、国家安全保障上の問題と犯罪性の境界線が曖昧で、国内治安部隊が政権の政治的目的のための便利な道具に安易に成り下がってしまった国を意味している。

最近数週間、認めざるを得ないことだが、パレスチナ自治政府の政治家らや公務員らが、犯罪組織の標的となっている。そうした組織は、恐怖を蔓延させた上で、彼らの犯罪の経済的利益のためにパレスチナ自治政府の政治家らや公務員らを利用しようとしているのだ。とはいえ、総保安庁が介入するのであれば、それは、国家安全保障省による暗黙的使用を確実に避けるため、特に反アラブのベングビール国家安全保障相がこうした状況を利用してイスラエル市民であるパレスチナ人の人権や政治的権利、公民権を侵害することがないように、裁判所の許可を前提とした極めて特定の事案でなければならない。

ベングビール国家安全保障相やべザレル・スモトリッチ財務相、そしてその他の宗教シオニスト党の幹部たちにとって、イスラエル国民であるパレスチナ人とそうでないパレスチナ人との間に認知し得る差異は無い(そして、それは占領下のパレスチナン人の人権の数十年に及ぶ侵害を正当化するものではまったくない)。イスラエル国民であるか否かを問わず、パレスチナ人は敵と看做されているのだ。ベングビール国家安全保障相は、ある時、偏狭な私見を開陳し、「アラブ人の犯罪に使用される武器がテロリスト活動にも持ち込まれています。アラブ人同士が使用する武器が、イスラエル国防軍兵士に対しても使用されている状況化で、私たちはどのように対処すべきでしょうか?」と論じた。こうしたコメントで、ベングビール国家安全保障相は、イスラエル国内の状況とヨルダン川西岸地区の状況を自身の政治目的のために都合よく混同したのだった。

パレスチナ人の地域社会内での殺人を抑制する方策としてイスラエル総保安庁を関与させようとすることは現イスラエル政府のウルトラナショナリストの閣僚らの真意について深い疑念を抱かせ得る動きだが、犯罪の元締めに対して行政拘留を使用しようという呼びかけともなると疑問の余地すらない。

行政拘留は、通例、緊急かつ極端な脅威に対処する必要がある場合に限って使用されるべきである。行政拘留される者は、当然、未だ犯罪を犯していないためである。しかし、こうした権限は、当局が主張するような理由ではなく、人々を無期限に収監するために悪用され得る。こうした事案のほとんどでは、適格な証拠の提示もなく、告発も行われず、つまり、評決が下されることもなく、刑罰が適用されることもない。そのため、行政拘留される者は、有罪判決を受けるわけでもなく、無期限に拘留され得る。これは公的な誤審である。このイスラエルの場合では、標的は特定の民族集団、つまりパレスチナ人である。

イスラエル内のパレスチナ人コミュニティに対する警察活動や雇用創出、教育、開発一般のための投資は十分ではない

ヨシ・メケルバーグ

しかし、状況はこれに留まらない。ベングビール国家安全保障相の人種差別主義的な双生児であるスモトリッチ財務相は、決定を変更せざるを得ない場合は別として、パレスチナ自治政府からの5,000万米ドル以上の資金を差し止める意向である。スモトリッチ財務相は、適切な監督無しではこの資金が組織犯罪グループの手に渡ると主張して、この差し止めを擁護している。言うまでもなく、同相は、この偽りの主張を裏付ける証拠を一片たりとも提示していない。

これは、イスラエル内のパレスチナ市民の経済状況を改善すると盗まれる金銭が発生したりみかじめ料として搾取されたりして犯罪件数が増加するといった、右翼による数多くの奇妙な主張の1つだ。この論理では、犯罪を防ぐためには社会全体を貧困に追い込むべきだということになる。イスラエル内のユダヤ人社会は、アラブ人社会よりもずっと裕福だが、殺人を含む犯罪発生率がアラブ人社会の数分の一であったりはしない。

現実には、イスラエル内のパレスチナ人コミュニティに対する警察活動や雇用創出、教育、開発一般のための投資は十分ではない。そうした投資の代わりにあるのは、慢性的な無視だけなのだ。そして、その理由は、単純に、イスラエルの人種差別主義者の極右が、アラブ人が殺し合うことを気に止めていないからである。

最近になって、イスラエル議会は、「民族主義的動機」による性犯罪を二重処罰する法律を可決した。そうした動機をともなった性犯罪である事を証明出来たり、そうした動機が性犯罪を一層酷いものにするとでもいうのだろうか。繰り返しになるが、これは現イスラエル政権の無能さから発した無軌道ぶりなのである。ベングビール国家安全保障相の最近の提案と同様に、建設的な解決策を探そうとすることなく、イスラエル社会に憎悪と分断の種をまくことを現イスラエル政権は好むのだ。

憎悪と扇動は現イスラエル政権の得意とするところだ。そして、この政権が打倒されるまで、自身の困窮や苦痛の責任を少数派に転嫁し、少数派を罰するというファシスト的な政権の常套手段が継続されることになるだろう。

  • ヨシ・メケルバーグ氏は国際関係学教授で、英国王立国際問題研究所の中東・北アフリカプログラムのアソシエートフェローである。メケルバーグ氏は国際的な媒体や電子メディアに定期的に寄稿している。
    Twitter: @YMekelberg
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