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迫り来る地域紛争では誰もが敗者となる

イスラエル北部のガリラヤ川上流域の拠点からレバノン南部を砲撃するイスラエル軍の戦車。2024年1月4日。(AFP)
イスラエル北部のガリラヤ川上流域の拠点からレバノン南部を砲撃するイスラエル軍の戦車。2024年1月4日。(AFP)
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09 Jan 2024 01:01:47 GMT9
09 Jan 2024 01:01:47 GMT9

レバノン南部の国境地帯は、既に激戦の様相を呈している。ミサイルやロケット弾の両方向からの連射が急速に激化している。こうした衝突により、数十人のレバノン市民と140人を優に上回るヒズボラの構成員が死亡した。レバノン軍の拠点も繰り返し攻撃されている。

約75,000人が退避を余儀なくされ、学校は閉鎖された。レバノン南部は、急速に軍事的な封鎖地帯のようになりつつある。ヒズボラの指導者であるハッサン・ナスララ師は、現在進行中の武力の応酬は「阻止の均衡を強化する」ためだったと語ったが、公然たる紛争に均衡などあり得ない、ただ数えきれない犠牲者たちと激化の一途を辿る報復の連鎖があるだけなのだ。

ナスララ師の直近の説教は、この紛争の勃発以来のどの時点のものと比べてみても、喧嘩腰の挑発的言辞の目立つものだった。イスラエルによって占領された土地を解放する「歴史的機会」についてナスララ師は唸り声を上げるようにして語った。「現在の戦争は、パレスチナだけでなくレバノンにも、とりわけその南部、リタニ川以南の地域にも及ぶのです」とナスララ師は述べた。

イスラエル指導部には、10月7日のハマスの襲撃以来、ヒズボラとの断固とした対決を主張して来た一派もいる。それは米政権の恐れる展開だった。米国とその同盟諸国は、そうした事態を回避するためにあらゆる外交的影響力を駆使した。米国とその同盟諸国は、中東全域に展開するイランの支援を受けた多数の準軍事組織との紛争に巻き込まれかねないことを承知していたからである。シリアやイラクの何十万人もの武装勢力がその戦いに参加することは予想に難くない。そして、バッシャール・アル・アサド大統領は、シリア全域で新たに展開され拡大する激しい戦線についてほとんど口出し出来ないであろう。

ワシントン・ポスト紙によると、米国の国防情報局の最新の評価では、ガザ地区に重点を置かざるを得ないイスラエルは、紛争が拡大した場合は優勢を維持することが困難となり得るとされているという。イスラエルが最近ガザ地区から一部の部隊を撤退させた背景には、イスラエル北部での戦争の勃発の可能性についての考慮がある程度あったはずだ。

最近数日間のさらに高まった緊張の中、米国はアントニー・ブリンケン国務長官の再度の中東歴訪など、新たな外交活動を一気に展開した。米国国務省は、「この紛争がガザ地区を越えて広がることは誰の利益にもなりません。イスラエルにとっての利益にも、中東にとっての利益にも、世界にとっての利益にもならないのです」と述べた。ヨルダンのアブドッラー2世国王は、ブリンケン国務長官に対して、紛争の「破局的な影響」について警告した。

レバノンを訪問中のEUの外交政策の責任者であるジョセップ・ボレル氏も、「地域紛争に勝者はいない」との見解に賛意を表明した。フランスのカトリーヌ・コロナ外相は、イランのホセイン・アミール・アブドラヒアン外相に「地域紛争のリスクがここまで高まったことはありません。イランとその友人たちは、不安定化を促しかねない活動を直ちに停止する必要があります」と語った。

おそらく、イスラエルとその欧米の同盟諸国はヒズボラやハマス、そして彼らの上に立つイランの能力を著しく低下させる事に最終的には成功し得るが、イスラエルやさらに広範な地域の相当な部分が破壊される前にそれが達成できるかは定かではない。

バリア・アラムディン

1月第1週に行われた、ヒズボラとイランに対するハマスの渉外担当責任者であったサレハ・アル・アル―リ氏のベイルートでののイスラエルの無人攻撃機による殺害は、振り返ってみると、挑発が限界点を超えた瞬間と見做し得るのかもしれない。ヒズボラは、その後の激烈なロケット弾攻撃はアル・アルーリ氏の死への「初期反応」だったと述べた。ヒズボラの指導者のナスララ師は、アル・アルーリ氏の殺害は「重大かつ危険な犯罪であり、私たちは看過出来ない」と語り、もしこの暗殺が罰せられなければレバノン全体がイスラエルの侵略の犠牲となり得ると付言した。

わずか数日前には、シリアにおいてイスラエル軍の空爆でコッズ軍のサイエド・ラジ・ムサビ上級司令官が殺害され、米国による空爆ではハシュド・アルシャアビのヌジャバ運動の司令官が殺害された。ナスララ師とその信奉者たちは、そうした暗殺に対して実行を伴わない脅迫を行うことで知られているが、現在の事態は誰にも制御不可能なほど急激に加速している。

約200,000人のイスラエル人が既に同国北部と南部のかなりの広さの地域から退避させられている。イスラエルの指導者たちは、レバノン南部の一部や幅が数kmしかないガザ地区内の幅数kmの帯状の土地といったイスラエルの支配下に置く緩衝地帯の構想を議論している。しかし、こうした構想は、そもそも全住民の強制移住が国際法違反である点を別としても、紛争をさらに悪化させる可能性が高い。レバノン南部をイスラエルが1985年から2000年まで占領した事は、ヒズボラにとって開戦の理由であったし、また、ヒズボラに非対称的な戦闘経験を与え武装組織として成長させる絶好の機会にもなってしまった。イスラエルが、最終的に面目を失い、撤退を余儀なくされた時の素晴らしく象徴的な勝利は言うまでもない。

レバノンのナビーフ・ビッリー議会議長は、国連が監視する緩衝地帯を両国が尊重し、ヒズボラにリタニ川以北への撤退を求める国連安全保障理事会決議1701号を順守する重要性を強調した。ナスララ師は、直近の演説で、敵対行為の停止後には国境画定交渉に応じる可能性があることを仄めかした。それが、欧米の交渉者との舞台裏での瀬戸際外交における焦点なのだろうと考えられる。

米国とイランそれぞれが支援する民兵組織の間で同様の報復合戦が行われ互いに扇動し合う状況が、イラクとシリアで発生している。イラクの民兵組織は、10月7日以降、既に米国側の標的に対しての攻撃を約140回行っており、米国からの報復も激化の一途を辿っている。また、これ以上の対立の激化を引き起こさずに紅海の船舶に対するフーシ派の攻撃を終結させる方法について、欧米諸国の指導者たちは同様に考えあぐねている。米国の国防総省によると、紅海とアデン湾で商船の安全な航行の支援を合同で行う「ハイウェイ・パトロール」には20ヶ国以上が参画しているという。

ミサイルが飛び交う中、地域的拡大を招かずにこの紛争を切り抜ける希望は消えつつある。これは、事態をこれほど切迫した段階にまで悪化させてしまった世界の外交と凡庸なリーダーシップの壊滅的な失敗である。しかし、膨大な構成員数を擁する多国籍準軍事組織と停滞する中東和平のプロセスによってもたらされる戦略的脅威が明確に視界に入っていたにも関わらず、ヒズボラのナスララ師やイスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相、米国のジョー・バイデン大統領、イランのアリー・ハメネイ最高指導者は、この展開がもたらす黙示録さながらの結末にあまり注意を払っていない。

ネタニヤフ首相はレバノンやその他の国々をガザ地区のようにしてしまうと脅迫している。私たちはこれを文字通りに受け止め、その結果として生じる天文学的な死者数を計算する必要がある。中東研究所は、イスラエル北部からの大規模な避難に伴うレバノン人犠牲者数は300,000人から500,000人の範囲になると推定している。

おそらく、イスラエルとその欧米の同盟諸国はヒズボラやハマス、そして彼らの上に立つイランの能力を著しく低下させる事に最終的には成功し得るが、イスラエルやさらに広範な地域の相当な部分が破壊される前にそれが達成できるかは定かではない。この先に待ち受ける恐ろしい状況によって苦しみ引き裂かれることになる数百万もの生命を思うと胸が詰まる。

  • バリア・アラムディン氏は、中東と英国で受賞歴のあるジャーナリスト兼アナウンサーである。メディア・サービス・シンジケートの編集者であり、これまで多くの国家元首にインタビューを行ってきた。
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