この一ヶ月、世界では宗教の政治化という危険な流れが見られている。端を発したのはフランスのエマニュエル・マクロン大統領がスピーチでイスラム教を「危機的状態にある」と表現し、フランスのイスラム教徒を「分離主義的」と批判した。それに対し、トルコのレジェプ・タイップ・エルドアン大統領はマクロン大統領をイスラムを侮辱したと反撃した。エスカレートする攻撃的な言論の陰にある動機が何であれ、やめさせなくてはならない。さもなければ、2016年、ダーイッシュの興隆とともに見られたように、また相次ぐテロ攻撃が起こる可能性がある。
争議の的となったマクロン大統領のスピーチでは、建設的な発言――アラブ語を学校で教える意図やイスラムの文化を啓蒙する計画、そしてイスラム教徒の移民がスラム街で「惨めで困難な」状況に置かれていることを認める発言――は、スピーチ全体の強いトーンによってかき消されてしまった。これは、エルドアン大統領にイスラムの擁護者としての立場を確立し、人々の共感を得る機会を与える羽目となった。まさに、宗教に対して過度に干渉的な政策に対してアラブ諸国でボイコット運動が起こっていた最中のことだ。きっかけとなったエルドアン大統領とマクロン大統領の言葉による争いに続いて起こったのは、シャルリーエブドの冒涜的な風刺画を授業で見せた教師が首を切断されて殺害されるというむごたらしいテロ攻撃だった。
この事件後、マクロン大統領はさらに立場を強調する発言をし、シャルリーエブドの風刺画が官邸正面にプロジェクターで映し出された。その直後、イスラム教徒の女性二人がエッフェルタワーのすぐ横で刺されるという事件が起きた。侮辱的な風刺画のポスターはイスラム主義のリーダーたちを挑発し、それまで静かに様子をうかがい、フランス国内の問題とみなした出来事への干渉は避けてきた彼らは風刺画の出版を糾弾することとなった。エルドアン大統領はまたしてもその流れを逃さず、フランス大統領をさらに激しく批判。先週にはまた、ニースの教会で刃物を持った襲撃者が3人を殺害するという悲惨なテロ攻撃が起きた。
フランス政府当局はイスラム主義組織の厳しい取り締まりを開始し、イスラム嫌悪に抗議する団体までも活動を禁止すると脅かした。極右の評論家たちはこの機会をとらえ、「大いなる交代」の理論を声高に唱え、ヨーロッパの人口の過半数は白人ではなく移民が占めるようになると予測した。エッセイストのエリック・ゼムールは、フランス国民に「入植者」からフランスを「解放」するために戦うよう呼びかけた。問題は、いつこの流れは終わるのかということだ。政治家たちが注目を集め自らを可視化するために宗教を政治化し、挑発的な言論を激化させていく流れは非常に危険であり、さらなる暴力の連鎖につながりかねない。だからこそ、フランソワ・オランド前大統領は物議を醸すような言論に歯止めをかけ、社会の団結を確かにするような平和的な論調を取り入れるよう呼びかけたのだ。カナダのジャスティン・トルドー首相も、制限がなければ「表現の自由」は何の意味も持たないと発言している。トルドー首相に賛同するように、トゥルーズの大司教ロベール・ル・ガルもまた風刺画をイスラム教とキリスト教への侮辱であるとし、「結果がどうなったかは明らかだ」と述べた。このような落ち着きを呼びかける賢明な声が上がる中、シャルリーエブドは、暴力的報復にもかかわらずイスラム主義者を挑発したことに誇りを感じるという無責任で未熟な声明を発した。
政治家たちが注目を集め自らを可視化するために宗教を政治化し、挑発的な言論を激化させていく流れは非常に危険であり、さらなる暴力の連鎖につながりかねない。
ダニア・コレイラット・カティブ(Dr.)
公的な立場に就く者は言葉を注意深く選ぶべきだ。ジェラルド・ダルマナン内務大臣はフランスの店が商品を宗教ごとに分けた棚に並べている現状に不満を表明し、社会的少数派のコミュニティーの隔離につながると主張した。ニースのテロリスト攻撃後、マクロン大統領は「フランスにコミュニティーは一つしかない。国家というコミュニティーだけだ」と発言した。これは国家の団結を強調する意図で発されたメッセージであり、個々のコミュニティーがその独自性を表現する権利がないと理解されるべきではない。だからこそ、フランス政府は、アイデンティティ・ポリティクスに走っているわけではなく、国民をテロリズムから守り、過激主義と戦う立場であることをはっきりと打ち立てる必要がある。融合への呼びかけは多様性の概念や様々な異なる意見、個人の自由など、自由な世界の基盤となる思想を否定するためだ。また、フランス政府はイスラム教徒がターゲットにされていると感じずにすむように細心の注意を払う必要がある。特にイスラム教徒だけに言及して分離主義を批判することは、迫害されているという感覚を引き起こし、過激主義を過熱させかねない。現在の厳しい状況も、そのような流れの結果である。
フランスは、白熱する言論戦争が暴力の連鎖を引き起こしてきたことに気づき始めているように見える。土曜日、マクロン大統領はテレビでのインタビューで侮辱的な風刺画を支持はしないと表明し、イスラム教徒の反応は理解できると述べた。マクロン大統領が過激な発言を控え始めたように、他の国の指導者もそれに続くべきだ。また、そのような出来事が起きた時にいかに各国の法律や規律に沿った形で反応、反論すべきかをイスラム教徒に示すのは、宗教指導者の役割だろう。世界の政治的、宗教的リーダーたちやメディアは融和と和解につながる責任ある声明を発し、さらなる暴力の加速を防ぐ必要がある。
* ダニア・コレイラット・カティブ博士はアメリカとアラブ諸国の国際関係の専門家で特にロビーイングに詳しい。Track IIに特化したレバノンのNGO、Research Center for Cooperation and Peace Building (RCCP),の共同設立者。また、ベイルート・アメリカン大学のIssam Fares Institute for Public Policy and International Affairに研究者として所属している。