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アフガニスタンに対する新たな理解の必要性

2021年8月17日、アフガニスタンのカブールにある内務省のセキュリティタワーに立つタリバンの戦闘員。(ロイター)
2021年8月17日、アフガニスタンのカブールにある内務省のセキュリティタワーに立つタリバンの戦闘員。(ロイター)
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31 Aug 2021 03:08:02 GMT9
31 Aug 2021 03:08:02 GMT9

ラムジー・バロード

この20年間、米国によるアフガニスタンへの違法な侵攻と占領について、2つの有力な説明が私たちの見解を形成してきた。これらの説明はどちらも、「違法」「侵攻」「占領」といった言葉の使用を簡単に認めようとしない。

2001年10月に始まったアメリカのアフガニスタンへの軍事介入を、世界的な「対テロ戦争」と呼ばれる戦いの公式な発端とするかどうかは、ほとんどアメリカ政府の戦略家に委ねられていた。ジョージ・W・ブッシュ大統領、ディック・チェイニー副大統領、ドナルド・ラムズフェルド国防長官、そして軍のスポークスパーソン、新保守主義の”知識人”、ジャーナリストなどの軍勢は、アフガニスタンからテロリストを排除し、世界をより安全な場所にし、おまけにアフガニスタンに民主主義をもたらし、抑圧された女性たちを解放する方法として、軍事オプションを唱えた。

すでに戦争で荒廃し、極度に貧困化した国へのアメリカの介入というのは、彼らにとって大義名分となった。時として暴力的ではあったかもしれないが、最終的には人道的であった。

もうひとつの説明も西側視点のもので、ブッシュ政権の強引なやり方に異議を唱え、民主主義は力で押し付けることはできないと主張し、ビル・クリントン氏の国際政治に対する多国間アプローチをアメリカに再認識させ、アフガニスタンでもイラクでも、その他の地域でも、外交政策の「カット・アンド・ラン(すぐに逃げ出す)」スタイルに警告を発していた。

この2つの解釈は対立しているように見えたかもしれないが、時にはアメリカがアフガニスタンやその他の地域で道徳的な力を発揮できるという大前提を認めていた。自らを「反戦主義者」と称する人々は、そのことに気づいているかどうかにかかわらず、アメリカが自らに課し続けている例外主義や明白な運命という概念を支持している。

これらの解釈の主な違いは、方法論とアプローチの違いであり、「テロリズムの撲滅」のためという論であれ、自助能力がなく西洋の救世主を求めてやまない被害者を助けるためだという論であれ、アメリカが他国の問題に介入する権利があるかどうかは議論にすらならなかった。

しかしアフガニスタンでアメリカが受けた屈辱的な敗北は、アフガニスタンや世界中であらゆる西側の説明に例外なく異を唱える、まったく新しい考え方を生み出すきっかけとなるはずだ。

米国がアフガニスタンで失敗したのは明らかだ。軍事的、政治的な面だけでなく、国家建設やその他のあらゆる面でも失敗した。アフガニスタンに関するアメリカと西洋の説明は、それ自体が失敗でもあった。20年間、明らかな道徳的危機感を持ってこの国を報道してきた主流メディアは、今では混乱しているように見える。米国の”専門家”は、カブールからの性急な撤退、空港での血みどろの騒動、そしてそもそもなぜ米国がアフガニスタンにいるのかについて、一般の人々と同様に混乱している。

一方、人道主義の介入主義者たちは、アメリカがアフガニスタンの人々を「運命に任せ裏切った」ことを憂慮している。あたかもアフガニスタンの人々が自らの意思で行動することのできない非合理的な存在であるかのように、あるいはアメリカにアフガニスタンへの侵攻を呼びかけたり、米軍司令官を民主的な代表者として選んだりしたかのようにだ。

過去20年間、私たちが理解に苦しんできたアフガニスタンについてのアメリカと西洋のプロパガンダはあまりにも強烈で、タリバンが迅速に国を乗っ取るに至った原動力について、私たちは少しも理解できないままだ。メディアでは、タリバンはアフガニスタンの社会経済構造とは全く異質の存在であるかのように紹介されている。だからこそ、彼らの最終的な勝利は衝撃的に思えただけでなく、非常に理解に苦しむものだったのだ。

20年間を通して私たちがタリバンについて得ることができた情報はごく僅かだが、それらは欧米のメディアの分析や軍事的諜報活動を通して伝えられてきた。アフガニスタンに関するあらゆる政治的言説からタリバンの視点が完全に排除されていたため、アメリカとNATOパートナー諸国がアフガニスタンに代わって、慎重に物語を構築していったのだ。それは、西洋風の服を着て、英語を話し、国際会議に出席し、女性を尊重すると思われる「良いアフガン人」を宣伝するものだった。また彼らはアメリカによる自国の占領を歓迎し、アメリカの寛大さから大きな恩恵を受けているアフガニスタン人でもあった。

もし彼らが本当にアフガン社会を代表していたのであれば、なぜ彼らの30万人の軍隊は武器を捨て、まともな戦いもせずに大統領と一緒に逃げてしまったのだろうか。また、貧弱な武器で武装し、時に栄養失調に陥っていた7万5千人のタリバンが自分たちのためだけに発起したのだとしたら、なぜ彼らは数日で強大な敵を倒すことができたのだろうか。

20年間を通して私たちがタリバンについて得ることができた情報はごく僅かだが、それらは欧米のメディアの分析や軍事的諜報活動を通して伝えられてきた。

ラムジー・バロード

タリバンのような劣勢の軍事力が、アフガニスタンの大部分の地域の人々からの十分な草の根の支援なしに、長年にわたってこのような残酷な戦争を戦い続け、最終的に勝利を収めることができたはずがない。8月15日にカブールに入ってきたタリバン新兵の大部分は、子供であったり、以前アメリカが彼らの国を侵略した時には生まれてさえいなかった。なぜ彼らは武器を持ち、勝ち目のなさそうな戦争し、殺し殺されなければならなかったのか。そして、なぜ彼らはアメリカのために働くという、より儲かるビジネスに参加しなかったのか。

タリバンのスポークスパーソンたちが、私たちのほとんどがまったく知らない政治的言説、つまり私たちが聞くことも、接することも、理解することも許されなかった言説をゆっくりと伝えてくれているおかげで、私たちはだんだんと彼らの説明を理解し始めている。

アメリカとNATOの同盟国がアフガニスタンを離れた今、彼らの想定した人道的任務がなぜこのような恥ずかしい敗北を招いたのかを、正当化することも説明することもできず、アフガニスタンの人々は自分たちの国の物語を紡ぎ出すという課題を抱えている。その物語にはタリバンやその敵味方の垣根も超えて、政治やイデオロギーに関係なくすべてのアフガニスタン人が必要なのだ。

アフガニスタンは今、国民を真に代表する政府を切望している。教育を受ける権利を保証し、少数民族や政治的反体制派を保護しなければならない。西洋の承認を得るためではなく、アフガニスタンの人々が尊重され、大切にされ、対等に扱われるべきだからだ。これこそがアフガニスタンの真の国家の物語であり、アフガニスタンとその国民に対する、欧米の利己的な誤認識の外で育まれなければならない。

 

  • ラムジー・バロードは、20年以上にわたって中東に関する記事を執筆してきた。国際的に活躍するコラムニストであり、メディアコンサルタントだ。本を数冊執筆しており、PalestineChronicle.comの創設者でもある。Twitter@RamzyBaroud
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