
2016年の初めに、サウジのムハンマド・ビン=サルマーン皇太子が新しいアイディアを提示した。エコノミスト誌に、サウジ・ビジョン2030と呼ばれる新しい計画の一部としてサウジアラムコの株式公開を検討していると話したのだ。同社は世界最大の石油生産者であり、ほぼ確実に世界で最も価値の高い企業だ。
当時、これは新しいスター政治家のマーケティング戦略と見られ、彼の言葉を真剣に受け止めた者はわずかだった。それから4年近くが経過し、サウジアラムコの保留中となっている新規株式公開(IPO)は史上最大規模だ。それは、中国企業のアリババによる過去の記録を大きく上回る。
中東では当初、このアイディアは懸念を引き起こした。国有企業の株の売却は理に適わないと見られたためだ。多くの人々にとって、それは自分の子供を売り払うかのような考えだった。この地域には、国有化にあたって苦しんだ長い歴史がある。サウジ政府自体、米国企業が持株の売却を迫られた1981年までアラムコを完全に保有してはいなかった。この地域では、人々は国家のみが海、空、そして石油を所有すべきであると信じている。幾人かはスエズ運河の国有化や、過去に起こった国際石油企業とサウジ政府の諍いを引き合いに出し、この案は国外からの植民地主義が侵入する隙になりかねない、と警告した。
欧米では、他の懸念事項があった。サウジアラムコは国有企業であり、よって経済的に破綻する可能性がある点などだ。さらに、当時は多くの欧米人評論家らが、サウジ皇太子の発言はおそらくメディア戦略だろうと考えていた。「第三世界」政府が既存の枠にとらわれない考え方をするということが、彼らには想像できなかったのだ。民間の商業部門を持つ石油企業は、欧米にのみ存在していた。
世界最大企業の株式公開準備が進むにつれ、同社は多数の不確実性と批評に晒された。一部の評論家は守秘義務、情報の不足、官僚制度、財務および価格決定の管理、そして政治的干渉について懸念した。過去2年の決定的期間中、透明性と有効性、同社の実績と評価を向上するにあたり役立ってきた手順に関して、アラムコが将来的なIPOへの準備を完全に整えるよう政府は準備を行った。
それはかつて、世界で最も閉じた企業と言われたアラムコをオープンにした。国際会計事務所を雇い入れて内部監査を行い、その他の企業が運営評価と証明済み石油埋蔵量の査定を行った。その結果は、アラムコが国際基準の組織効率性に則り管理されている企業であると裏付けた。同社の1バレル当たり石油生産費用は、およそたったの2.8米ドルだ。これは市場最低レベルである。
地政学的なリスクはどうだろうか?9月、イランがアラムコ施設を攻撃した。この事件は、1991年にイラク軍が引き起こしたクウェート石油火災よりもひどいものだった。だが1週間のうちに、アラムコはそのマーケットシェアを回復した。そして6週間で、損傷した施設の修復が行われた。この事が、極めて深刻な状況にも同社は対処できると証明した。
最初の頃、サウジアラムコの上場可能性を取り巻く多くの疑念と留保は合理的なものだった。しかし申し込みまで数週間となった時、人権と環境問題を結びつけてIPOへ反対するキャンペーンが始まった。だが、エクソン、モービル、シェルやその他石油企業が株式市場への自社株公開を発表した時には、これらの問題を挙げる者は皆無だった。そのうちの数社は、人権問題の歴史がある国々で石油生産を行なっているにも関わらずだ。そしてそれら企業の多くが、環境問題について理想的とは言い難い実績を持つ。
多くのサウジ国民は、アラムコのIPOに対する批判を政治色が強いものと見ている。当初、批評家らはIPOが遅れたと語り、そして発表された際には政府の財務資金拠出のためそれが慌てて準備された、と語った。上場の目的の一つが、将来の政府プロジェクト資金に充てるためであることは間違いない。しかし政府サービスや予算に充当するためではない。アラムコの評価額に関する論争もまた、市場では一般的な事だ。政府は当然ながら、最高価格を確保したいと希望する。株式が完全に予約されたかどうかに関わらず、石油は世界的な重要物資のままだ。それは代用品が現れるか、使い尽くされるまで続く。後者は未だ、比較的遠い先の話だ。
サウジアラビアは、単一のアラムコ株を売却する必要はない。だがその考え自体が、政権に異なるアプローチを反映している。それは、サウジアラビアを知る全ての訪問客が確かめることになるだろう。同国の生活はあらゆる面で、変化している。
王国は、サウジアラムコのIPOを発表してからの短期間で長い道のりを歩んできた。世界銀行の報告によれば、サウジアラビアは政府の行政改革において、世界ランキングを30位アップさせた。同国は、政府や民間、女性の役割に多数の新しい考えを導入してきた。観光客や海外投資家など、多くの人々に向けて国が開かれている。