
バスラ、ベイルート、その他の場所での抗議デモは、イランの統制下で地域市場をつくり上げるというイランにとっての最も重要な政治的計画をくじいている。
反乱はテヘランの指導者たちが予想していなかった展開である。というのも、彼らはイラクやレバノンを属国とみなし、その任務はテヘランをベイルートへ繋げる陸の回廊を組織することだと考えていたからだ。しかし、イランの計画は敵対的な抗議デモにより、イラク国内では失敗に終わりそうであり、レバノンでは収縮しつつある。その傾向は同時にイランの全都市で勃発した反体制抗議活動により強まった。
市場計画の話が出たのは、ヒズボラのハッサン・ナスララ議長の演説の中でだった。話の中で彼は、イラク市場をいわゆるイランの陸回廊を通じてシリアやレバノンに繋げることにより、イラクの市場を開発するという計画を明らかにした。
先月のテレビ演説でナスララ議長は次のように述べた。「チャンスとは何か?それはイラクです。イラクは大きい、豊かな国です。私たちには問題が一つあります。レバノンの農産品はどうやってイラクへ届くのか?レバノンの工業製品はどのようにイラクに届くのか?このようなことはすべて何をもたらすか?農業部門を復活させ、工場を回復させ、新たな工場へと領域を広げます。これらすべては何に頼っているか?そうですね、私たちは海路では輸出できないし、ジャガイモを空路でイラクには輸出しないので、一つの手段、つまり、レバノン政府とシリアの政府が、レバノンの検問所とアル・ブカマル国境検問所(シリアとイラクの間)を陸路で繋げるということに合意することによつて、製品は陸路で輸出しなければならないのです。米国人は後者の開放を阻止しようと昼夜取り組んできました。イラクのアーディル・アブドゥル・マフディー首相に対する(米国の)憤りの理由の一つは、彼がシリアと接するアル・ブカマル国境検問所の開放に固執するためです。私の言うことを信じてください、私は詳細を知っています、アル・ブカマル国境検問所の開放を妨げるためには米国は容赦なくどんな手段を使ってでも圧力、脅威を与えてきました。その「口実/嘘」は、アル・ブカマル検問所を通じて、ミサイルがレバノンに渡るというものです。」
このようにナスララ氏は述べ、シリア戦争の激化は、イラク、シリア、レバノンのそれぞれの市場を統制するという行動計画を用いて、3カ国内で軍隊によってイランが優勢になるという計画と同時に起こっていたと私たちは気が付く。
ナスララ氏が演説の中で、シリアに接するイラクのこの国境検問所に焦点を置いたのは、それがジャガイモや他の物品に加えて、実はイラン計画の民兵、ミサイルの出入り口でもあるからだ。イラン政権は彼らの民兵やミサイルを空路や海路で輸送することはできず、大西洋経由の遠くの海上交通路を使用するのは、費用がかかり危険な作業だと悟った。
ナスララ氏の貿易統合はどうだろう?
この考え方は新しいものではない。イランが介入する前に、レバノンはかつて農業、工業製品をイラクや湾岸市場へ輸出していた。しかし、ヒズボラは武器の保持を強調し、レバノンの経済や安定性を破壊してきた。
イランは今やこの地域での政治的影響力や、戦争を遂行するための活動を強化する、自らの地域経済をつくり出そうとしており、関係する国々の人々を助け、それらの政府を強化する個々に独立した経済をつくり出そうというのではない。レバノン自体は、ヒズボラが南部、北東部をハシーシの農場や麻薬の工場で埋め、法外な関税をかけ、それに同意しない人々は市場から排除してきた。バールベック・ヘルメル県などの地域ではそれへの反対が高まっている。
レバノンは実際、ヒズボラによるほぼ完全な支配の下で15年間存続してきた。その結果は、現在の人々の生活状況の悪化、縮小する経済、広がる汚職となっている。レバノンの人々と同様に、シーア派が率いるイラクの人々も反旗を翻し、人並みの生活水準を要求し、イランのイスラム革命防衛隊や民兵にとっての「よい金蔵」になることを拒否している。
・アブデルラマン・アル・ラッシュドはベテランのコラムニストである。アル・アラビヤ・ニュース・チャンネルの元総括管理者、アッシャルク・アル・アウサト紙の元主筆。ツイッター: @aalrashed