イランとの新たな核合意を行う場合、重要な当事者といえばワシントンとテヘランである。しかし意外なことに、どのような合意が形成されるとしても、その支柱として欧州が浮上している。
欧州連合外務・安全保障政策上級代表のジョセップ・ボレル氏は今月、ウィーンでの約1年間の協議を経て3月に合意された内容に基づき、一切妥協はできないとして、合意の「最終」文案を発表した。
彼は、ワシントンとテヘランは今、合意の復活に向けて進むかどうかについての「政治的決断」をしなければならないと述べた。
正式には「包括的共同行動計画」と呼ばれる当初合意は2015年に署名されたが、2018年にドナルド・トランプ米大統領により米国は一方的に脱退した。
欧州の関心がウクライナに対して大きく寄せられている中、欧州の合意仲介への動きに対する外部の反応は大きく分かれている。ひとつには、協定の意義に関する見解が大きく異なることだ。欧州の多数の国とジョー・バイデン大統領のチームは、不完全な合意であっても、全く合意できないよりはましだと考えている。しかし、このアプローチには、特にイスラエルを中心に、声高な批判がある。
また、ブリュッセルの努力にもかかわらず、合意に至る道のりはまだ遠いと認識している人々もいる。この中には、先週、合意の可能性に冷や水を浴びせたゴールドマン・サックスなどの市場関係者も含まれている。
しかし、このように様々な視点が混在する中で、最も重要なのはバイデン氏のチームおよびテヘランの意思決定者たちの視点である。後者については、イランの最高国家安全保障会議だけでなく、セイエド・アリー・ハメネイ最高指導者による許可が必要である。
両陣営は、欧州の申し出を大筋で歓迎している。イランの交渉チームアドバイザーであるモハマド・マランディ氏は、「残された問題の解決はそれほど難しくはありません」と述べている。米国務省は、ブリュッセルから配布された草案が「合意に至る土台として最善かつ唯一のもの」であると認めている。
たとえ今年中に合意ができなかったとしても、ブリュッセル、バイデン氏のチーム、そしてテヘランの主たる意思決定者の数名は、交渉が完全に崩壊することは望んでいないだろう。
アンドリュー・ハモンド
とはいえ、重要な相違点がいくつか残っている。例えば、イランは国際社会に対し、数年前に3カ所の未申告核施設で見つかったウランの痕跡に関する国際原子力機関(IAEA)の長期にわたる調査を打ち切るよう求めていると伝えられている。
この件や他の要求のうちいくつかは解決されるかもしれないが、厄介なのは、将来の米国政権の見解が変わったとしても新合意の拘束力は有効であるという保証をテヘランが求めていることである。バイデン氏はこれを法的に保証することはできないし、トランプ氏が行ったように、将来の大統領はどのような取引でも中止を求める可能性があるという現実も残っている。このように大きなハードルが残っているけれども、このプロセスには 「ゴールラインを越える」ことができる政治的な追い風が吹いているように見える。
欧米にとっての合意の潜在的メリットとして、一部の市場アナリストは、イランが6カ月以内に原油輸出量を1日あたり100万~150万バレル、または世界供給量を最大1.5%引き上げる可能性があると見ている。中国経済の引き続く低迷や、幅広い世界経済の減速などの要因と相まって、これは、原油価格の大幅な引き下げをもたらす可能性がある。
エネルギー価格の低下を歓迎するのは欧州の指導者だけでなく、厳しい中間選挙を11月に控えた民主党のバイデン氏も同じだ。イランとの核合意の安全保障という要素自体には米国の圧倒的多数の有権者は影響を受けないだろうが、ウクライナ戦争の継続を背景に原油価格が下落し続ければ、合意は、民主党にとってより大きな利益をもたらす可能性がある。
たとえ今年中に合意が成立しなかったとしても、ブリュッセル、バイデン氏のチーム、そしてテヘランの主要な意思決定者の幾人かは、交渉が完全に決裂することは望まないだろう。今のところ、たとえ現時点で合意に達することができなくても、交渉が「生きて」いることが彼らの全ての政治的利益にかなうのである。
現在、主にウクライナに関心を寄せているバイデン政権の主要関係者の中には、イランの核開発プログラムに当面何らかの制約を加えるには、これが最もましな方法かもしれないと認識している者もいる。「最大限の経済的圧力」によってテヘランの行動を改めさせるというトランプ陣営の方針は、中国やインドといった国がイランの石油を買い続けているため、その根拠を失っている。
バイデン氏は、もちろん、軍事行動も選択肢に残っていると述べている。しかし、そのようなやり方でイランの核開発プログラムを完全に排除できるような現実的な選択肢はないかもしれない。また、そのような行動を取れば、より広範な地域紛争や、米国およびその世界的利益に対するテヘランからの攻撃を引き起こす危険性がある。
一方、イランにとっては、交渉を引き延ばすことは、トランプ大統領が離脱した2015年の合意条件に反して濃縮ウランを大量に備蓄するための潜在的な好機となる。テヘランは、7年前に合意した制限を大幅に上回る純度60%のウラン濃縮を行っていると伝えられている。
つまり、合意妥結に至るかどうかが極めて不透明な中で、明らかなのは、ブリュッセルは交渉プロセスが完全に決裂することは望まないであろうし、おそらくバイデンチームやテヘランの主要人物の一部も同様であろうということだ。さまざまな理由から、交渉の継続が彼らの政治的利益に適っているのである-今のところは。