日本が軍備強化に踏み切った勢いの良さに、同盟国と国際パートナーは驚いている。先月、日本の岸田文雄総理大臣が今後5年にかけて防衛費を2倍にする計画の詳細を公開し、中国の拡張発展主義的野望を阻止するための防衛力を強化する決意を明確に表明した。
日本の新しい戦略ビジョンは、岸田総理の先任である、去る7月に暗殺された安倍晋三氏の下で始まった長期的転換の到達点を示すものである。安倍氏が2012年12月に総理の座に復帰してから2022年12月に辞職するまでの任期中、日本は防衛政策を見直し、防衛費を大幅に引き上げた。安倍氏はまた、内閣に国家安全保障会議とそれを補助する国家安全保障局を置いた他、防衛装備庁を組織して軍備調達を効率化したのに加え、劣らず重要なこととして、達成には至らなかったものの憲法第9条の修正にも努めた。
これらを総合すれば、安倍氏の政策は日本の防衛政策および地域における地位の歴史的転換点を記すものであった。日本の安全保障の問題はもはや、希望的観測、意図的な盲目、そしてアメリカへの依存を脱却した。安倍氏以前には、もし中国がアメリカの戦艦を日本の領海近くで攻撃しても、日本の自衛隊が関与することはなかった。安倍氏はこの荒唐無稽な方針を退け、日本をインド太平洋における中心的役割を負うところまで押し上げた。今は、アメリカと中国が台湾をめぐって戦闘に入った場合に、日本はアメリカと協力して戦うことができるのだ。打って変わって、インド太平洋では日本の自衛隊がアメリカの戦艦と戦闘機を守るようになったのである。
岸田氏の防衛政策は、2027年までに防衛費を43兆円(3300億ドル)に引き上げ、反撃能力の保有に向けて国家安全保障戦略を修正するといったことを含む意欲的なものだが、それらは安倍氏の意向を多く組み入れたものである。更に、岸田氏の政策は安倍氏のそれを4つの有意義な仕方で拡張させたものである。
もし安倍氏が生きていれば、自分が成し遂げようとしていた目的の多くを岸田内閣が追求していることに満足しただろう。
谷口 智彦
第一に、新しい安全保障方針は言葉を飾らない。2013年に日本が最初の国家安全保障戦略を公開したとき、中国による日本の尖閣諸島周辺の領海および領空侵犯は、「日本を含む国際コミュニティにとっての勘案事項」と呼ばれていたが、修正された戦略においては、アメリカの言い回しに沿う形で、中国は日本にとっての「戦略上の前例のない最大の課題」と言及されている。この変化から明らかなように、日本の軍備増強は、何よりも、中国の拡張発展主義の阻止を目的としている。
第二に、新しい戦略は、安倍氏が繰り返し警告していた問題に取り組むべく、燃料と弾薬の在庫の増強を目指している。日本は過去10年間に多くの戦闘機、戦艦、戦闘車両を購入してきたが、長期戦を乗り切るのに必要な戦略備蓄や安全な保管設備が未だ不足している。
もちろん、弾薬や燃料の在庫増強は、アメリカからF-35戦闘機や遠距離トマホーク巡航ミサイルを購入するのに比べ、はるかに魅力が少ない。だが、重兵器の購入がロシア、中国、北朝鮮3ヶ国の脅威に対するのに大きな助けとなる一方、日本の戦略備蓄は、他のG7参加国に比べてはるかに覚束ないのだ。十分な戦略備蓄を確保しておかないと、日本は自らを守ることができないだろう。
第三に、日米安全保障条約にはかつて、新規の軍事品は全てアメリカの制御下に置くという不文律があった。しかし近年、日本とイギリス、イタリアが次世代の戦闘機の共同開発に取り組むことを宣言した。アメリカの国防総省は直ちにこの新しいパートナーシップを支持する声明を出したが、これはアメリカと日本、ヨーロッパ諸国、オーストラリア、インドの間の軍事協力の成長を反映するものであった。
最後に、修正後の国家安全保障戦略は、「日本は戦争難民を積極的に受け入れる」としている。中国の台湾侵攻へのこの間接的言及は、台湾有事が起これば間違いなく母国を離れることになる多くの台湾人を受け入れるのに積極的な姿勢が言外に示されていることと共に、あまり大きな注目をひかなかったが、画期的なことである。
もし安倍氏が生きていれば、自分が成し遂げようとしていた目的の多くを岸田内閣が追求していることに満足しただろう。新しい国家安全保障アジェンダには、攻撃用兵器の配備に設けられた制限の修正するまでには至らないものの、攻撃が行なわれた際に日本が他国にいる標的を撃つことを可能とする反撃能力を準備する必要性を強調するものであることには変わりない。
しかし、提案された防衛費増額は世論に広く受けいれられているように見える一方、どのように費用を捻出するかは、議会の熾烈な議論の的になることだろう。岸田氏の増税による増額財源確保の計画は、既に強い反対を引き起こし、党内からも苦言が聞かれた。岸田氏の力量は間違いなく、日本の新しい戦略の決議とともに、今後数ヶ月にかけて試練に晒されるだろう。