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コロナウイルスの地政学

 武漢でのコロナウイルス流行を受け、上海浦東の金融街・陸家嘴をマスク姿で歩く女性。(ロイター)
武漢でのコロナウイルス流行を受け、上海浦東の金融街・陸家嘴をマスク姿で歩く女性。(ロイター)
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08 Feb 2020 11:02:39 GMT9
08 Feb 2020 11:02:39 GMT9

ルーク・コフィー

この数週間、コロナウイルスの文字が世界のニュースタイトルを席捲している。

アフリカでは、ナイジェリア赤十字社がウイルスの拡散を抑止するため百万人のボランティアに警戒態勢を取らせているとしている。ヨーロッパ諸国の多くは中国の武漢一帯にいた国民を避難させ、隔離状態に置いている。中東では一部国家で中国との行き来に厳しい制限を課している。このウイルスは先のトランプ大統領による一般教書演説にまで登場した。トランプ氏はこう宣言している。「わが政権はこの脅威から国民を守るために必要なあらゆる対策を講じる」。

まさに世界的な問題である。

最新のコロナウイルス関連の数字には目を見張らされる。630人以上の死者が出、3万人を超えるほどの者が感染している。毎時間この数字は変わっているので、この一文が読まれるころにはさらに数字は増えていることだろう。

コロナウイルスがどこまで広がっているのか、正しい情報の公表に中国政府が手間取ったというのが大方の見立てだ。感染者数・死者数が日々増えていることから、中国当局の公表体制が改善されたとみるべきなのか、それともウイルスの蔓延のほうが早いためなのかはっきりしたことは言えない。おそらく真相は 両者の間のいずこかといったところだろう。

コロナウイルスについては、その蔓延の阻止やワクチンの発見に目が向きがちであるのは当然のことではある。が、憂慮すべき地政学的影響が2つ広がりつつある点も指摘できる。

第一は、このウイルスに関する虚偽の情報が拡散していることだ。各種ソーシャルメディアでは写真や動画がいくつも掲載され、それらには、奇跡の治療法だの、不正確な患者数だの、ウイルスは今どこそこで広がっているといったたぐいの見当外れの主張だのが添付されている。メディアによる誤報がこの種の虚偽情報では最も大きな直接的影響力をもつものの、これは最悪の場合実際の被害、ひいては死すら招きかねない。が、こうした虚偽情報が広がることには地政学的な影響もまたある。

例を挙げると、最近、バルト諸国に現地支局を置くメディア各社が5社、ハッキングを受けてサイト上に虚偽の記事を掲載した。それによるとNATO軍の一員としてリトアニアに駐屯している米軍兵士らがコロナ罹患との診断を受けたという。ロシアにとってバルト諸国にいる米軍は物議の種だ。またロシア政府には、エストニアやラトビア、リトアニアで現地駐屯の米国の信用を貶める虚偽情報拡散作戦をおこなってきた確たる実績がある。

第二は、このウイルスが潜在的に経済におよぼす影響にさらに注意を払う必要があるという点だ。かつてよりも動くマネーの額が違う。現在では中国経済は世界経済の17%を占めている。2003年にSARS禍があったころは4.5%にすぎなかった。1月初め以降、原油価格は20%下落している。中国の製造業は80%以上閉鎖されているものと目されている。世界経済の相互依存性や米国などが中国の輸出頼みである現況を鑑みれば、累は世界中に及ぶはずだ。

航空産業への打撃も大きい。すくなくとも44か国の航空会社66社が中国本土への直行便を停止しており、この数字は毎週増えている。

そうしたなか、エチオピアの国営エチオピア航空がこうした時流に背くように便を飛ばしつづけているのは興味深い。ソーシャルメディアの非難を浴びても姿勢を変えていない。アフリカ各地を訪れる人たちの多くは、エチオピア航空の広域航空網を利用してまずはアディスアベバを経由する。中国とアフリカ大陸の航空便を継続することで、アフリカはウイルスの拡散に無駄にさらされたままになるのではないのかといった懸念も出ているのだ。

むろん、この数年間、中国がエチオピアのインフラ計画に多大の投資をおこなっているのは隠れもない事実だ。エチオピアが国営航空の中国便を飛ばしつづけているのは中国による圧力のせいなのか、と疑念をもたれるのもなんら故なきことではない。もしその通りだったということが実証されれば、そのときは中国のアフリカへの影響力はまったく新しい段階に来ていることの現われとなるだろう。

世界経済の相互依存性や米国などが中国の輸出頼みである現況を鑑みれば、累は世界中に及ぶはずだ。

ルーク・コフィー

コロナウイルスが世界中をすっぽりと覆うにもせよ、その姿を正しくとらえることは重要だ。14世紀には腺ペスト禍によりユーラシア全体で2億人が生命を落としている。1918年のスペイン風邪では5,000万人の死者が出たとされる。米国の保健当局である疾病対策予防センター(CDC)は、2019年10月初めから2020年1月末までの間に、米国だけで優に2,600万のインフルエンザ疾患があり、2万5,000人までが死亡したと発表している。つまり、コロナウイルスにまつわるリスクを軽く見ないこと、それと同時にことさらに誇張しないこと、いずれもが重要だ。

ウイルスに関しては一進一退といったところだろう。WHOの発表では、ウイルスの流行はまだピークに達していない。医療の専門家や公衆衛生当局の手でウイルス蔓延の阻止と感染者への施療がおこなわれるなか、各国とも政策レベルでウイルスの二次三次の影響を無視できない状況だ。バルト諸国の米軍が受けたような虚偽情報による攻撃しかり、世界経済の落ち込みしかり、コロナウイルスが地政学的におよぼす影響の結果は無視できないものだ。

ルーク・コフィー氏は、ヘリテージ財団ダグラス&セーラ・アリソン外交政策センター所長。ツイッター:@LukeDCoffey

【おことわり】当欄の執筆陣による見解は論者個人のものであり、必ずしもアラブニュースの主張を映したものではありません。


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