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アラビア半島の石に刻まれた古代の愛と幸福の秘密

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04 Jan 2022 12:01:26 GMT9
04 Jan 2022 12:01:26 GMT9
  • 岩に刻まれた文字は、アラビア半島の初期の文化について驚くべき手がかりを与えてくれる

タレック・アル・タカフィ

メッカ:アラビア半島の岩石に刻まれた古代の文字が、経済や社会状況、さらには愛や結婚、幸福に対する人々の考えなど、初期のアラビア文化の姿を描き出している。

リヤドのキングサウード大学古代史教授、サルマ・ホーサウィ博士によると、これらの碑文は、初期の宗教的信仰や儀式、職業、工芸品、通貨などの詳細を示す証拠であり、碑文を彫った者の専門性と技術を示すものでもあるという。

「文字は人類の発明です」。ホーサウィ博士はアラブニュースの取材に対しこう語る。「それは階級や信条、宗派を超え、社会の中でアイデアや知識を交換したり、議論したりする手段なのです」

また、碑文から得られる歴史的な情報には、当時の人々の愛や恐怖、憧れ、悲しみ、幸福などの感情が反映されているという。

「だからこそ、碑文はその時代の人々が経験したことの真の目撃者とみなされ、この地域の文化的深みを際立たせているのです」

博士によると、文字を書くことや彫ることは職業としてみなされていたそうだ。「文字は一般的に、アラブ社会が到達した文明と教育のレベルを示すものであり、人類の進歩における文字の役割を示すものでもあります」

あらゆる文明に文字が存在することは、成文化、コミュニケーション、社会間の関係が彼らにとって必要不可欠であったことを示しています。

サルマ・ホーサウィ博士

彼女は、文字は2つの段階を経て発展したと述べている。「アルファベット以前の段階では、象形的な文字、つまり人間の環境にある物質的なものを岩絵具で描いて、道徳的な側面を示していました。そしてその後に、音節を表す記号が使われるようになったのです」

刻まれた文字には、部族の名前や場所、職業や工芸品、交易品、通貨、輸出入などの詳細も記されていた。

ホーサウィ博士によると、楔形文字(くさびがたもじ)は紀元前3,200年頃からメソポタミアに広まり、紀元100年頃まで使われていたという。

紀元前4,000年頃にはエジプトでヒエログリフ文字が使われており、シリア北部ではウガリット文字が使われていた。シナイ文字は紀元前1,400年頃、シナイ砂漠のトルコ石や銅の鉱山で働いていたカナン人が発明したとされている。

一方、フェニキア文字は紀元前1,000年頃、ポエニ文字は紀元前300年頃から紀元後300年頃まで北アフリカに広がっていた。

「あらゆる文明に文字が存在することは、成文化、コミュニケーション、社会間の関係が彼らにとって必要不可欠であったことを示しています」とホーサウィ博士は言う。

アラビア半島では、碑文は各地に住んでいたアラブ人のコミュニティを知る手がかりとなっている。碑文には、神々の名前や宗教的な儀式など宗教的な側面を持つものもあれば、個人の地位や結婚、離婚、人名など社会的な側面を持つものもある。

また、部族名や所在地、職業や工芸品、交易品、通貨、輸出入などの詳細も刻まれている。

初期の宗教的な信仰や儀式の様子も刻まれている。

「政治的なレベルでは、碑文には王や支配者の名前、戦争、国家の興亡などが含まれていました」

「これらの碑文は、この地域の歴史的・文化的知識の重要な源となっています。広範囲にわたるこれらの碑文の普及とその数の多さからは、その社会が到達した知識と文化のレベル、そして文字や記録に払った注意が伺えます」

博士によると、碑文は書き手の技量によって、岩に整然と、あるいは自由に刻まれているほか、寺院の外壁や住居、さらには墓石にも刻まれているという。

その中には、有名な出来事や支配者の格言など、社会を描いたものも存在する。

アラビア南部では、紀元前800年頃から紀元後600年頃まで古代南アラビア文字が使われていた。碑文は広く普及しており、東アラビアのアル・ファウ、ナジュラーン、北はアル・ウラーまでの石材、木材、骨などに見られる。

南部ではザブール文字も登場しており、紀元前500年頃にさかのぼる。「古代南アラビア文字とザブール文字はほぼ同時期に生まれたという説もあります」と博士は言う。

アラビア半島北部では、紀元前800年頃からタムード文字が使われており、それは29文字で構成されていた。アラブ世界の最南端から最北端までの交易路に沿って、岩肌に刻まれた文字が発見されている。

サファイト文字はタムード文字に似た文字で、紀元前1世紀にさかのぼる。

アラム文字は、フェニキア文字から採られた22文字からなる9世紀の文字で、古代世界ではメソポタミア、イラン、インド、エジプト、アラビア半島北部を中心に広く普及した。

ホーサウィ博士はこう解説する。「ダダナイト文字とリヒャナイト文字は紀元前6世紀から5世紀にさかのぼり、28の文字を含み、その一部はタムード文字や古代南アラビア文字に類似しています。これらは右から左に向かって書かれ、単語は縦線で区切られています。アラム文字から派生したパルミラ文字とシリア文字は紀元前1世紀にさかのぼります。ナバティ文字はアラム語から派生したものですが、文字の形が変わったり、点が追加されたりして、現在のアラビア文字になりました」

彼女は、アラビア半島の社会における文字は、他の文化圏とは異なり、その独特の文字と対象とする話題の幅広さが特徴であると述べた。

「政治的な出来事を成文化することに重点を置いていた他の文明とは異なり、生活やそれに関連する出来事が記録されていたのです」

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