
イスタンブール:ハサン・アイハンさんは、妻の指示に従って、夫婦の蓄えを手に先週イスタンブールのグランドバザールに出かけ、金を購入した。アイハンさんのように、トルコでは市民がこの2週間で70億ドル相当の地金を我先にと買いに走った。
2年前にトルコ経済を揺るがした通貨危機がまだ記憶に新しいという退役警官のアイハンさんは、安全策を取ろうと決めた市民の一人として、無秩序に広がるグランドバザールにできた列に並んでいた。スクリーンには金の価格がわずか10分で1トルコ・リラ(0.1366ドル)上がったことが示されていた。
「今は金に投資するのが一番いいと思うので、持っていたドルを交換して金を買うことにしました」と57歳になるアイハンさんは言う。「リラも貯金しているので、それを引き出して金購入という手もあるのですが、新型コロナのこともあり、今ちょっと銀行に行くのは怖いのです」
アイハンさんが金を購入したのは8月6日だが、その翌日、リラは歴史的新安値に達し、現在もこの過去最安値圏での推移が続いている。トルコの外貨準備が市場介入によってひどく枯渇してしまったのではないかとの懸念が表面化した形となった。外貨準備には現在も目減りの兆候が見られる。
トルコでは金を蓄える伝統があり、「マットレスの下」に蓄えられている金は5千トンにも上る可能性がある。最近の金の買い漁りにより、その量はさらに増えると考えられる、とイスタンブールの地金商協会のMehmet Ali Yildirimturk副会長は言う。
地金がこれほど高価になることは過去になかったことだが、グランドバザールの販売業者によると、貴金属の宝飾品を売る人はほとんどおらず、バイヤーしかいない、という。
「車や家を売って金に投資しようと考えている人何百人と話しています」と販売業者のGunay Gunesさんは言う。
この3週間、大量の売りがリラを遅うなか、ドルや金といった換金性の高いハードアセットの国内保有額は150億ドルも急増し、約2,200億ドルと記録的な額に達した。
銀行からの多額預金引き出しの動きは見られず、今週、リラは対ドル7.3リラ前後で推移した。だが現在でも新興市場通貨で今年最悪のパフォーマーの一つであることに変わりはない。
その後、需要は緩和された。ロックダウンが課されリラが最安値に達した3月から5月の間に、銀行から約20億ドルのハードカレンシー外貨預金が引き出されたからである。アナリストは、トルコ政府が今年約20パーセントも下落したリラに対する信頼を回復できなければ、輸入に頼るトルコはインフレだけでなく国際収支危機すら引き起こすリスクがあり、そしてそれが新型コロナ危機による打撃をさらに悪化させることになる、と警告している。
現在、外国の投資家によるトルコ資産への投資額はほんの僅かしかないことから、レジェップ・タイップ・エルドアン大統領政権にとって重要なのは、自国民を説得し、安定していると見られているドルや金に頼るのをやめさせることだ、とアナリストは言う。
中央銀行も財務省も、ドル化の傾向やその他の政策対応について直ちにコメントすることはなかった。
エルドアン大統領の娘婿で財務大臣のベラト・アルバイラック氏は水曜日、為替レートの変動よりもリラの競争力の方が大事であると述べた。
中央銀行は、外国為替市場の介入をあおる手段として、事実上は国内に保有されるドルの流動性に頼って借金を重ねてきたことになる。そしてその介入はリラの安定化を目指したものだ。
合わせて120億ドルの外国為替「ショート」状態にある国立銀行群を通じて、中銀は昨年から1,100億ドル以上を売りに出た。すると今度は、中銀の外国為替総額バッファーが今年半分近くも減少し、470億ドルを下回って過去数年間で最低となった。
中央銀行は、当行の外貨準備がストレスの多い時期に変動するのは当然だと述べ、財務省は、中央銀行は通貨安定の目的で随時介入を行うものだ、と述べた。
だが、格付け機関は、トルコ政府が外貨準備を建て直し信頼を回復するためには、金利引き上げといった断固とした措置が必要だと述べている。さもなければ、経常赤字が増加し債務不履行の可能性も高まることから、外国の義務を果たすという同国の確固たる評判が損なわれることになりかねないという。
「地元の市民はトルコリラを持っておきたくないのです。それでドルに頼ったり、金を買ったりしてきたのです。 こんなこと、トルコではこれまでほとんどありませんでした」とニューヨークを拠点に6千億ドルを管理するアライアンス・バーンスタインの新興市場債務戦略責任者、シャマイラ・カーン氏は言う。「だからこそ、プロアクティブな政策が必要なのです。市民が銀行に預金したくないという段階にまで達すれば、国際収支危機に向かっているということです。そうすると警鐘が鳴り始めます」
今週から引き出しに手数料を課す銀行も現れるなか、中銀はコロナ禍の影響を緩和するために開設した低利のクレジット・チャネルに制限を設けた。だが、現在リラ預金は政策金利8.25%以上の利益を上げてはいるものの、11.8%のインフレ率を計算に入れると、実際のリターンはマイナスとなる。
トレーダーらによると、こうした「裏口」金融引き締めがリラを安定させるためには11.25%に達する必要があるという。リラの価値は2018年初頭以来ほぼ半分にまで下がった。
経済学者は、中銀が公式に利上げすれば中銀の独立性が強化されることになるとしており、公式の利上げに対する市場の期待は高まっている。たとえそれが経済回復を鈍化させることになってもだ。
ただ、政治がその邪魔をするかもしれない。今年支持率の下がったエルドアン大統領は、高い金利はインフレを引き起こすとの見方を示し、自分の命令に従わなかったとして前中銀総裁を更迭に追い込んだ。
大統領は月曜日、市場価格がさらに下がることを望むと述べた。
だが、ZaraやDieselといった企業向けに材料を輸入して衣類を製作しているSystem Denimのような会社では、コスト上昇の打撃をまともに受けているという。オーナーのセレフ・ファヤット氏は、自分が持つ4パーセントのユーロ建てローンを10パーセントでリラに交換したと語った。「これ以上外国為替リスクを負う必要はありません」とファヤット氏は語った。「より高いレートを支払うことになりますが、少なくとも先行きは見えますので」
ロイター