
シアトル:シアトル・マリナーズは土曜日、タンパベイ・レイズと対戦する前にTモバイル・パークで行われた試合前のセレモニーで、イチローを称え、象徴的な51番を引退させた。
“シアトル!”と?イチローは叫んだ。”今日、この最高の栄誉を受けることができ、とても感謝している”
殿堂入りを果たしたばかりのイチローは、マリナーズから背番号を引退した3人目の選手となった。
「殿堂入り、そして背番号の引退、おめでとう。もうそろそろいい頃だ。というか、なんでこんなに時間がかかったんだ?僕は5年だ」
イチローは、全米野球記者協会からほぼ満場一致の99.7%の票を獲得し、日本生まれの選手として初めて殿堂入りを果たした。
イチローは、日本プロ野球で8シーズンを過ごした後、27歳でメジャーデビューを果たし、ルーキーイヤーの2001年には、フレッド・リンに次いで史上2人目となるアメリカン・リーグの新人王と最優秀選手賞を同時受賞した。
19年間のMLBキャリアで、イチローはオールスター10回、ゴールドグラブ10回、AL打点王2回、シルバースラッガー3回。2004年には262安打を放ち、現在もその記録を保持している。NPBとMLBを合わせて4,367安打を放ち、そのうちMLBでは3,089安打を放った。
イチローが来る前、殿堂入りを果たしたランディ・ジョンソンもシアトルで9シーズン51番をつけた。
ジョンソンは1990年にフランチャイズ初のノーヒッターを達成し、1995年にはマリナーズ初のサイ・ヤング賞を受賞した。1998年にシアトルを去ったビッグ・ユニットは、アリゾナ・ダイヤモンドバックスでさらに4度のサイ・ヤング賞とワールドシリーズ制覇を達成した。
「9年間、日本での背番号はこれだけだった。「背番号)51は僕のアイデンティティだった。でも、この背番号にはすでに豊かな歴史があることは知っていました」
しかし、シアトルはジョンソンの遺産を忘れない。クラブは、2026年にジョンソンの51番も引退させると発表した。これは、太平洋岸北西部における2人のアイコンが共有する、ユニークで稀な栄誉である。
「今日のセレモニーに出席してくれたランディに感謝している。彼の来シーズンに出席できることは、とても名誉なことです」
ニューヨーク・ヤンキース(2012-14)とマイアミ・マーリンズ(2015-17)に短期間在籍したイチローは、2018年にシアトルに戻り、東京での2連戦を経て2019年に正式に引退した。
イチローがセンター・フィールドから入場すると、「イチ・・ロ!イチロー!イチロー!」コールが満員の観客に響き渡った。彼を待っていたのは、かつてのチームメイトであり、マリナーズの殿堂入りメンバーでもあるジョンソン、グリフィー、ジェイ・ビューナー、アルビン・デービス、フェリックス・ヘルナンデス、エドガー・マルティネス、ダン・ウィルソンだった。
「シアトル・マリナーズであることを誇りに思います」とイチローは、グリフィーの2016年の殿堂入りスピーチを引き合いに出した。
ジョン・スタントン会長は、マリナーズが2026年にTモバイル・パークにイチローの銅像を設置すると発表した。彼の象徴的なバッティングスタンスのポーズが描かれるという。
イチローは、スタントンの特別補佐を務めるなど、マリナーズに定着している。イチローは、シアトルでの試合前の日課で、選手と一緒にトレーニングに励むフルユニフォーム姿をよく見かける。
「ヒットを打ったり、レーザービームを投げたりするお手伝いはもうできませんが、私の意志と願望はいつもあなたのためにあります」とイチローは言った。
AP