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エジプト人柔道チャンピオン ラシュワン氏が旭日単光章を受章

01 Nov 2019
ラシュワン氏は試合で日本人の対戦相手、山下氏が痛めていた右ふくらはぎを狙わなかったことで知られる(提供)。
ラシュワン氏は試合で日本人の対戦相手、山下氏が痛めていた右ふくらはぎを狙わなかったことで知られる(提供)。
Updated 02 Nov 2019
01 Nov 2019

シェリフ・エル・トウニー カイロ

1984年のロサンゼルス五輪で山下泰裕氏との金メダルをかけた一戦で有名なエジプト人の元柔道チャンピオン、モハメド・アリ・ラシュワン氏が格式ある日本の旭日単光章受章という栄誉を授けられた。

28日、63歳のラシュワン氏は、カイロの在エジプト日本大使から旭日単光章(Sunshine medalとも呼ばれる)を授けられた。式にはエジプト柔道連盟会長およびエジプトの青年・スポーツ大臣のアシュラフ・スブヒー氏も出席した。

ラシュワン氏は米国での試合で日本人の対戦相手、山下氏が痛めていた右ふくらはぎを狙わず、その結果金メダルを逃したが、これによってスポーツの世界で尊敬を集めることになった。

ラシュワン氏はアラブニュースのインタビューで、栄誉を授けられたことに対し日本政府と日本国民に感謝し、高いモラルと彼に対する不断の支援について日本国民を賞賛した。

「旭日単光章ははすばらしい栄誉です。これはアーティストや大使など名高い方々に送られるものですから」とラシュワン氏は語る。

ラシュワン氏はエジプトの沿海都市でアレクサンドリアに生まれた。彼が最初に情熱を傾けたのはバスケットボールだったが、友人の勝負を見てから柔道を始めた。そして柔道を始めてわずか6か月後には、アレクサンドリアの18歳未満チャンピオンになる。

1984年五輪の決勝戦で彼が見せたスポーツマンシップに対し、ユネスコは彼の態度を称賛する声明を発表し、スポーツスピリットメダルを贈った。

「私は、旭日単光章をいただいた最初のエジプト人アスリートです」とラシュワン氏は語る。「私は毎年日本の学校に招かれ、生徒たちと会います。そして私の逸話は幼稚園のカリキュラムに組み込まれてきました」

「私は一度講義をしたことがあります。私がした生徒たちへの質問はこうでした。『1984年のロサンゼルス五輪の決勝戦で、もし君たちがモハメド・ラシュワンの立場だったら、どうしていましたか?』」

その答えから、生徒たちがラシュワン氏の自己犠牲に非常に興味を持っていることがわかったと彼は話す。

「日本の人たちは愛と感謝の気持ちで私を迎えてくれました。そして私は自分の愛と尊敬の気持ちをお返ししました。日本はいつも1984年の試合で私が取った態度に感謝してくれていました。私が病気になったときには、医師が日本から来てくれて、私の膝と体全体の状態を診てくれました」と彼は付け加えた。

ラシュワン氏は エジプトでチャンピオンになった後、1975年にチェコスロバキアを訪れる。彼にとって海外の国際大会への初参加であった。

それ以来、数多くの国際大会でメダルを獲得してきた。1980年には、コロラドで行われた世界軍人選手権大会で銅メダルを獲得。1982年には、重量級で2つの金メダルを獲得し、1983年大会までタイトルを防衛した。

ラシュワン氏はアテネで開催された第11回地中海競技大会において95kg超級で銀メダルを獲得。オープンワールドチャンピオンシップでの13個の金メダルを含め、合計31個のメダルを獲得した。

1985年にはフェアプレイ賞を受章し、フランスの国際オリンピック委員会から世界最優秀アスリート賞も贈られた。

エジプトでは、元大統領のホスニー・ムバーラク氏から共和国勲章を2回贈られるという栄誉を受けた。

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