
ナダ・ハミード
ジェッダ:アフナン・アルジャーディが2008年に多発性硬化症(以下MS)の診断を受けたとき、彼女は大学1年生だった。アルジャーディは今、フランス料理、イタリア料理、アジア料理を専門とする、サウジアラビアを代表するシェフのひとりである。どうやって困難をはねのけ夢をかなえたのか、アラブニュースは彼女に話を聞いた。
MSは謎に包まれた疾患だ。原因はまだわかっておらず、治療法も確立しておらず、症状や進行は人によって異なる。脳、小脳、脊髄を含む中枢神経系に影響を及ぼす、比較的珍しい自己免疫疾患である。全米多発性硬化症協会によると、世界中でMSの確定診断を受けた患者はわずか230万人で、うち100万人はアメリカの患者だ。
2008年にアルジャーディが最初に気づいた症状は失神を引き起こすめまい、日光過敏、片頭痛であった。大学の学業に困難をきたし始め、成績はひどく落ち込んだ。正しい診断が下るまで、残念なことに大学の教授たちには彼女が言い訳や仮病を使っていたと思われていたのだという。
いくつかの検査とMRIを経てアルジャーディは神経科に移され、そこで脳と神経への放射線治療を勧められた。診断の確定まで、さらに多くの検査と別の神経科医の診察を要した。
「不思議な病気でした。聞いたこともありませんでしたが、(早めに)症状がわかり、体を動かす機能が失われずに済んで非常にありがたく思っています」とアルジャーディは語る。「私に起きている変化を社会に受け入れてもらえず、最初の1年はとても苦しかったです。それで非常に内向きな人間になってしまいました」
症状はさらに悪化した。失神の頻度が増え、顔の左側が麻痺し、皮膚が冷水に過敏に反応するようになった。これらは珍しい症状ではない―MS患者がMRIを受けるときにみられる病変は知覚を司る脳の部分に影響を及ぼすことがあり、それにより多くの人が体の一部の感覚を失ったり、視界不良や脱力感、「脳のもや」などを経験する。
人生を一変させるような病気の診断を受けた多くの人と同様に、アルジャーディはうつになった。「診断が下ったと認めながらも受け入れることができず、悲しみと抑うつの悪循環に陥りました」とアルジャーディは言う。
神経科医兼コンサルタントであるMS専門家のジェッダ・MyClinic神経科部長ルマイザ・フセイン・アルヤフェアイ医師は、MSが脳や筋肉の機能に及ぼす影響について説明する。
「免疫システム自体が影響を受けるのではなく、一部の免疫細胞が神経系の髄鞘(神経細胞の周りの絶縁性の層)を外敵と区別せずに攻撃し始めることで、病変が始まります」とアルヤフェアイ医師は語る。
「MS患者が直面する最大の困難のひとつに知識不足があります」とアルヤフェアイ医師は続ける。「一般的に自己免疫疾患は対応が難しいのです。様々な症状があり、患者は診断が下りるまでにあまりに多くのことを経験して圧倒されてしまうのです。気分変動、抑うつ、多幸感、物忘れ、情緒不安定などの症状がみられ始めることがあります」
うつの克服を助けた大きな要因のひとつは、アルジャーディの料理への情熱だった。6年で大学を修了したアルジャーディは管理者として働き始めた。だが同時に料理コンテストにも参加するようになり、2013年には「マスターシェフ」に参加したことで、多くの扉が開かれたという。
今やアルジャーディは、世界的に評価の高いフランス生まれのモナコ人シェフ、アラン・デュカスとフランス料理学校ル・コルドン・ブルーから2つの認定証を取得し、ペストリーシェフの資格を持つまでとなった。また、自身のデコレーションケーキの店 @unemeringueを経営し(「私の創作意欲はアートへの情熱とペストリー技術から生まれ、独自の繊細な味わいを持つ食べるアートを作っています」と彼女は言う)、中東の食とライフスタイルのTVチャンネル、Fatafeatにも参加した。
「最も困難な障壁は筋肉のコントロールが効かなくなることで、特に毎日のペストリーや料理の仕事でしびれや無感覚が生じることです」とアルジャーディは言う。「でも、私は病気を乗り越えたサバイバーです。ライフスタイルを変え、自分に害となることの理解も深めました。まだ病気と戦っています。大切なのは、健康的なライフスタイルに適応し、毎日持続できるルーチンを確立することです」
正しい食事法を見出すことがMSと生きるうえで重要な役割を果たしたとアルジャーディは言う。食生活のニーズは血液型や家族の既往歴などにより、患者ごとに異なる。
「グルテンフリーの食事法に従っています」とアルジャーディは言う。「ラクトース(乳糖)を避け、野菜を増やし、肉を減らしました」。また運動、特に歩くことが極めて重要だとも付け加えた。「健康的なライフスタイルなしに治療を続けても、望ましい結果は生まれません」
しかし、注意を払うべきは身体の健康だけではないとアルジャーディは言う。「心理士と面会して、ただ専門家に話を聞いてもらうことも大変役立ちました。自信を持つことができ、信心が深まり、忍耐力と粘り強さで野心的な目標を達成できるという気持ちが生まれました」
「ほとんどのMS患者は、自身がヒーローとしてMSと戦ってきたストーリーをそれぞれに持っています」とアルヤフェアイ医師は語る。「神経科医の助けを得て、みなさん概ねよく病気に対応していると思います」
アルジャーディは他のMS患者へのアドバイスがある。「勇気を出して自分の安全地帯から飛び出し、うつの発作から抜け出すことを勧めたいです。あなたのあきらめない気持ちが、他にも同じように苦しむ人に力を与えることを忘れないで」