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現代アラブ人の遺伝子像を描く科学者の取り組み

紀元前2200年から2000年の間に作られたジェリコの青銅器時代の頭蓋骨を見る女性(トレフィネーションという古代の外科手術の跡を示している)。(AFP)
紀元前2200年から2000年の間に作られたジェリコの青銅器時代の頭蓋骨を見る女性(トレフィネーションという古代の外科手術の跡を示している)。(AFP)
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29 Aug 2021 10:08:10 GMT9
29 Aug 2021 10:08:10 GMT9

カリーン・マレック

ドバイ:近年、遺伝子解析は非常に人気がある。家庭用の検査キットが普及したことで、何世代にもわたって家系をさかのぼり、驚くほど正確に遺伝子の起源を描き出すことができるようになった。

しかし、これらのサービスで個人の遺伝子のルーツを特定するためには、膨大なDNAデータが必要だ。欧米ではこの手の検査が普及し、より正確な遺伝子情報が得られるようになっているが、東洋ではまだそこまで普及していない。

現代のアラブ人の遺伝子の起源は、常に謎に包まれている。これまでは、アラブ民族の移動ルートや民族間の交配については、DNAよりも楔形文字から得られる情報の方が多かった様に思われる。

しかし、遺伝子解析は、人類学的な知的欲求を満たすだけでなく、遺伝性疾患の治療や予防など、医学的にも重要な役割を果たす。

3年前、サウジアラビア、アラブ首長国連邦、英国の科学者が初めて協力して、12万5千年前の中東の遺伝的遺産と健康状態に関する遺伝子マップを作成した。

その結果、この地域では一般的だが世界的には珍しいとされる数百万もの新しい遺伝的差異が発見された。この過程で得られた知識により、この地域のゲノム構造を極めて詳細に分析することが初めて可能になった。

ドイツ人とクルド人の考古学者が、イラク北部の都市デュホクの近くで、ヘレニズム時代(紀元前323年から紀元前31年)のものと考えられる女性の骨格を発見した。(AN Photo/Robert Edwards)

このプロジェクトの成果は、8月4日に科学雑誌『Cell』に掲載された。中東で初めてヒトゲノム全体をマッピングした、包括的なオープンアクセスのデータセットとなった。

ザ・ゲノミック・ヒストリー・オブ・ザ・ミドルイースト(The Genomic History of the Middle East )の研究に参加した、サウジアラビアのリヤドにあるアンワ・ラボ社の臨床ゲノミクスコンサルタントであるサイード・アール・トゥルキ氏は、「中東ではずっと、こうした研究が十分に行われていませんでした」と語る。

「私たちは、アラブ人がずっと求めていた、人々に本当に影響を与えるような大きな発見がなされているのだと気づき始めました。それが研究において大きな原動力となりました」

この研究は英国のバーミンガム大学と、ケンブリッジ近郊にあるゲノミクス・遺伝学研究機関である非営利団体のウエルカム・サンガー研究所との共同研究として開始され、アラブ地域の遺伝学的な歴史の空白を埋める重要な第一歩となった。

本研究の筆頭著者でありアラブ首長国連に拠点を置く、ウエルカム・サンガー研究所のOBであるモハメド・アルマリ博士は、アラブニュースの取材に対し、「中東は、他の地域の人々と比べて独自の歴史を持つ、非常に重要な地域です」と述べた。

「先行研究が少なくゲノミクスや病気の影響についての理解が不十分であったため、文献に見られる空白を埋めたいと考えました」

DNA抽出用の液体を準備する研究員。(AFP)

研究者たちはこの地域の何百人もの人々のDNAを分析し、彼らの遺伝的遺産を再構築した。その結果、現代のアラビア半島の多くの人々は、古代の狩猟採集民や青銅器時代の地域文明の人々を遺伝的な祖先としていることがわかった。

さらに遡るとこの民族は、約6万年前にアフリカを離れた謎の集団を祖先としており、他のユーラシア大陸のゲノムとは大きく異なることがわかった。

今回の発見は、歴史的にも医学的にも価値あるものであり、それにより専門家はアラビア半島における民族移動の影響や、その民族に共通する遺伝的特徴を理解することができるようになった。

「医学的な影響としては、集団のデータが増えれば増えるほど、なぜある集団が高血圧や糖尿病などの一般的な病気にかかりやすいのかがわかるようになります」とアール・トゥルキ氏はラブニュースに語った。

ザ・ゲノミック・ヒストリー・オブ・ザ・ミドルイーストの研究に参加した、リヤドのアンワ・ラボで臨床ゲノミクスコンサルタントとして活躍するサウジアラビア人のサイード・アール・トゥルキ氏。(supplied)

この研究で得られた最も重要な発見の一つは、中東の人々に非常に特有な25万個の一塩基多型(SNP)が発見されたことだ。

アール・トゥルキ氏は「中東の人々を対象としたこれまでの研究では、全体像が少し不鮮明だったのです。しかしわずか130人から得られた25万個のSNPを抽出できたのですから、1,000人、2,000人いたらもっとすごいことになるでしょう」と語った。

「バイオマーカーを充実させることで、特定の病気にかかるリスクが高い集団を発見することができるのです」

今回の研究では、2型糖尿病に関連する遺伝的差異が発見された。「中東で2型糖尿病の発症率が高いのは、座ってばかりの生活をしているからだ」という以前の仮説を覆す結果となった。

また、サウジアラビア人とイエメン人の60%に、肥満度や高血圧の傾向に関連する別の遺伝子変異が見つかった。

「このプロジェクトがなければ、なぜこれら民族の中に2型糖尿病の発症率が世界で最も高い人々がいるのかを理解することはできなかったでしょう」とアール・トゥルキ氏は言う。

「環境や運動習慣、座りっぱなしの生活などが関係しているのは確かですが、それに加えて非常に強い遺伝的要素があるというエビデンスもあります。つまり、運動するなど、他の民族より健康に気を付ける必要があるということです。」

「私たちはいくつかの遺伝的要素を受け継いでいます。全部が全部悪いわけでも良いわけでもありませんが、自分が持つ要素を理解した上で、特に気を付けるべきことが何なのかを意識するのは大事です」

今回の研究では、2型糖尿病に関連する遺伝的差異が明らかになった。「中東で2型糖尿病の発症率が高い唯一の原因は、座りっぱなしの生活スタイルに移行したことである」という、これまでの仮説を覆す結果となった。(Shutterstock)

 今回の研究でゲノムの動きをマッピングすることで、レバントやメソポタミアの青銅器時代の人々が、セム語をアラビアや東アフリカに広めた可能性が高いと結論づけられた。

さらに、15,000から20,000年前頃までは、中東全域の人口が同じようなペースで増加していたことがわかった。この頃になるとアラビアの人口増加が停滞し、レバントの人口は増加し続けた。

これは、肥沃な三日月地帯で農業が発達し、人口の多い定住社会が形成されたためであると考えられる。

また、気候変動に伴う乾燥化が、6,000年前のアラビア人の人口減少と4,200年前のレバント人の人口減少と関連していることも明らかになった。

また、現代のサウジアラビア、イエメン、アラブ首長国連邦のゲノムには、乳糖を消化できるようになる独特の変異が見つかっており、乳製品の原料となる動物を家畜として飼うようになったことが原因ではないかと考えられている。

今回の研究は、中東の遺伝的遺産の表面をなぞったに過ぎないが、現在の遺伝子プールを理解し、将来の健康ニーズに備えて中東の国々が何をすべきかを考える上で非常に重要な研究成果と言える。

アルジェリア、タッシリ・ナジェールの先史時代の有名な洞窟壁画。(Shutterstock)

今回の研究の筆頭著者であるアルマリ博士は、この地域の遺伝子の歴史をさらに深く掘り下げたいと考えている。

「この地域はまだ完全には解明されていません。将来的には、どのような病気に対しても皆それぞれに合った治療を受けることができるようになるでしょうが、そのためには中東の研究者に、私たちの人種に関してさらに調査をしてもらう必要があります」とアラブニュースに語った。

遺伝子の変異と特定の病気との関連性を明らかにし、中東を遺伝子情報に基づく医療の時代へと導くためには、病院や大学を巻き込んだ地域的な協力体制が不可欠だ。

アール・トゥルキ氏によると「湾岸地域や中東では、多くの研究が別々の組織で行われています。しかし単一の集団に関する研究であるため、『Cell』のような権威ある学術誌には掲載されません」という。

「これは、様々な国と協力すれば、研究の質がどれほど向上するかを示す一例です。単独では実現できないのです。協力してこそ、より大きな全体像の一部を描くことができるのです」

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Twitter: @CalineMalek 

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