
輪島市:漆器職人の庄司孝穂さんは、被災した輪島市で机を前にして、木箱にまた新たな塗りを施している。
一筆一筆、53歳の彼は、元旦の地震とそれに続く大洪水で壊滅的な被害を受けた遠隔地のコミュニティに活気を取り戻そうと決意している。
「復興に向けて前進し、この伝統を受け継いで次の世代に引き継ぐために、できることは何でもしなければならない」
「一緒に頑張らないと、地元の漆器産業は衰退してしまう」
輪島市は人口2万人強の沿岸都市で、全国的に有名な高級漆器の産地である。
そこで作られる製品は輪島塗と呼ばれ、基本的な汁椀でも150ドル以上の値がつくこともある。
今年は能登半島の先端に位置する輪島市とその周辺地域に死と苦しみをもたらした。
家族が元旦の夕食の準備をしていたとき、マグニチュード7.5の恐ろしい揺れと強い余震が家屋や会社を破壊した。
大火災、津波、土砂崩れがこの地域を飲み込み、ほとんどの住民と訪れた親族は避難所への避難を余儀なくされた。
そして彼らが生活を再建しようとしていた9月、集中豪雨が街を襲い、さらに多くの家屋が破壊された。
この災害は、輪島の漆器産業で働く約700人の職人や労働者のネットワークも打ち砕いた。
輪島市の被害はあまりにも甚大なため、市職員は現在も活動している職人が何人いるのかさえ把握していない。
輪島塗は耐久性と繊細なデザインで知られ、お椀や箸などの食器によく使われる。
その控えめな上品さから、高級家具やインテリアにも使われている。
輪島塗の製造には100以上の工程がある。漆塗りを専門とする職人もいれば、彫りや成形に専念する職人もいる。
そんな職人ネットワークを復活させようとしているのが、輪島塗工房7代目の桐本泰一さんだ。
自宅を失い、現在は妻とともに会社のギャラリースペースで暮らしている。
著名な建築家である坂茂氏と協力して段ボールを使った仮設の仕事場を作り、工房の宣伝や職人の仕事場を提供するために全国を飛び回っている。
「漆器は人々に安らぎや温もり、幸福感を与える」ルイ・ヴィトンをはじめとする一流ブランドと仕事をしてきた桐本氏は、「おそらくこれは、現代の便利さとは異なるものでしょう」と語った。
「この街を離れるとか、他の職業に移るという選択肢は絶対にない」
桐本氏のスタッフ職人の中には、コーティングの塗り師である庄司さんがいる。
釣り好きの庄司さんは、地震が発生した午後遅く、地元の港に一人でいた。
海水は轟音を立てて急速に引き、海底を露出させた後、津波となって押し寄せた。
土砂崩れで家への道がふさがれたため、彼は高台にある車の中で一夜を明かすことにした。
翌日、彼は家族と再会したが、彼の家は住むには危険だった。彼らは避難所に移り、彼は地域の人々を助け始めた。
庄司さんは地震の後、他の人々に街に留まるよう勧めた。
しかし、9月の洪水の後、彼はそれが正しい判断だったのかどうか疑問に思った。
「それが一番心配なことです。人を失うと、コミュニティは壊滅的な打撃を受けます」と彼は言った。
庄司さんは、地元の誇りである輪島塗の伝統が、悲惨な苦境にある故郷の街に活気を取り戻すことができると信じている。
彼は、何世紀も続く伝統にヒントを得て、漆器を現代に蘇らせる新しい方法を試している。
「私たちの未来は不確かです。しかし、私は物事を前進させるために何かをしたいのです」と彼は言った。
AFP