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エチオピア人生存者がサナア抑留所におけるフーシ急襲の恐怖体験の一部始終を語る

移民収容所で火災発生。 (オロミア人権保護団体の写真)
移民収容所で火災発生。 (オロミア人権保護団体の写真)
火災が深刻化する前のその収容所の状況。(オロミア人権保護団体の写真)
火災が深刻化する前のその収容所の状況。(オロミア人権保護団体の写真)
2015年以降、フーシ派は国際的に認知された政府に抗争を仕掛けながら、サナアとイエメン北西部を支配し続けている。(ロイター通信)
2015年以降、フーシ派は国際的に認知された政府に抗争を仕掛けながら、サナアとイエメン北西部を支配し続けている。(ロイター通信)
火災が深刻化する前のその収容所の状況。(オロミア人権保護団体の写真)
火災が深刻化する前のその収容所の状況。(オロミア人権保護団体の写真)
火災が深刻化する前のその収容所の状況。(オロミア人権保護団体の写真)
火災が深刻化する前のその収容所の状況。(オロミア人権保護団体の写真)
エチオピア人移民たちは、この火災の後、イエメンからイエメンの合法政府の暫定首都、アデンに連れて行かれる。(オロミア人権保護団体の写真)
エチオピア人移民たちは、この火災の後、イエメンからイエメンの合法政府の暫定首都、アデンに連れて行かれる。(オロミア人権保護団体の写真)
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18 Apr 2021 03:04:11 GMT9
18 Apr 2021 03:04:11 GMT9
  • 証言により、イエメンに捕らわれているアフリカ人へのフーシによる残虐行為の根底に人種差別があることが裏付けられた。
  • 弁護士によると、3月7日の火災の後、病院へ搬送された10人の女性の行方が現在分からなくなっている。

Ephrem Kossaify

ニューヨーク・シティ: エチオピアのオロミア地方を襲う近年の暴力行為から逃亡した23歳のAbdel Karim Ibrahim Mohammed氏は、まさか自分が後にイエメンのフーシの手の中に落ちるとは考えもしなかった。

紛争が多発するエチオピアから脱出することに必死な多くの同胞のように、彼は2015年にイエメンの首都サナアの支配権を掌握したイランの支援を受ける市民軍について聞いたこともなかった。

初めて紅海を渡る危険な航海に出た際に、Abdel Karim氏はアラブ湾岸諸国の1つへの困難な陸路横断の先には好機と成功が待っていると想像していた。

彼の出生地であるエチオピアは恐ろしい展開を迎え、不安の高まり及び政治的緊張の中で、治安情勢は悪化し続けた。人権侵害、武装集団による襲撃、そして対立住民間及び人種間の暴力によって、何千人もの人々が難を避けるために海外へ渡ることを余儀なくされた。

Abdel Karim氏のフーシとの出会いは、彼がサナアに到着した2日後に、市場で2人の民間軍人が彼の方へやって来た時のことだった。彼らは彼を群衆の中から選び、身分証明書を提示するよう命じた。

彼らは彼の提示した書類には目もくれず、彼は逮捕され、市の入国管理、パスポート及び帰化管理当局へ連行されたが、そこでは何百人ものアフリカ系移民が苦しんでいた。

その中に、移動資金を稼ぐためにサナアの飲食店で働いている際にフーシの民間軍人に突然つかまり、抑留所へ連行された20歳のIssa Abdul Rahman氏がいた。

彼はその他大勢の人とともに納屋に入れられていた。彼がそこへ来て3か月後に録画された動画で、Issa氏は周りを見るようにジェスチャーしながら語る。「ほら、私たちはお互いに重なり合って生活している。食料も水もない。見てのとおり、疲弊しきっている人もいる。彼らは昼も夜もひたすら眠り続けている。」

「ここには薬さえもない。そして、UNHCRのような国連機関も私たちの面倒は見てくれない。ここにいるのは皆オロモ人である」と彼は語り、エチオピアの最も大きな民族グループの名前を出した。

ヒューマン・ライツ・ウォッチは、抑留所内の環境を「収容所の納屋に550人にも及ぶ移民が入れられ、狭苦しくて不衛生である」という、Issa氏がしたようないくつかの説明を裏付けた。

3月7日に、このような環境に耐えかねた移民たちはハンガー・ストライキを起こした。

証人の証言によると、抑留所のフーシ看守は移民に「最後の祈り」を捧げるように言い、納屋に催涙ガスと、閃光弾のようなものを入れた。すぐに火災が起きた。

煙と混乱の中、移民たちは互いに踏みつけあって必死に逃げ惑った。フーシの説明によると、40人の移民が煙と炎の犠牲になったとのことである。人権団体はその数が450人近くであったとし、それに加え、多数の火傷の犠牲者や手足の切断者もいたとした。

Abdel Karim氏は火災が起きた際、洗面所にいた。彼は生き残ったが、腕に重度の火傷を負った。彼は公立病院へ搬送されたが、病院の窓からは、親戚や援助機関が負傷者に近づけないように、医療施設の周りに厳戒態勢が敷かれているのが見えた。

再逮捕されることを恐れたAbdel Karim氏は自ら脱出し、逃亡した。

彼は負傷していたにもかかわらず、サナアのUNCHRの建物の前までたどり着き、火災の生存者および犠牲者の遺族と合流し、加害者の責任を問う国際的措置を求めて訴えた。

彼らは犠牲者全員の名前の公開、正式な葬儀、そして行方不明者の家族への決着を訴えた。

「UNHCRは私たちの要求に応えてくれなかった」とAbdel Karim氏はオロミア人権保護団体(OHRO)によってアラブニュースへ提供された動画内で語った。

「抗議が始まった2日後にUNHCR職員が出てきて、彼ら(機関職員)もここでは私たち難民と同様、為す術のないよそ者であると私たちに言った。彼は、2016年以来、難民に関する資料はフーシの手に渡っていると私たちに伝えた」

それでも引き下がらず、群衆はその場を離れることを拒否し、数週間にわたってUNHCRの建物の前でキャンプを張った。そして、4月2日未明に、フーシ民間軍が非常線でその地帯を封鎖し、催涙ガスと実弾で抗議者らを分散させた。

「彼らは私たちを殴り、強引に連行し、指紋を採取して私たちの写真を撮影した上で、何人かを車に乗せ、ダマールへ運び、険しい山岳地帯に置き去りにした」とAbdel Karim氏は語った。

「私たちにとってそこは知り合いのいない見知らぬ土地だった。私たちはひたすら歩き続けた。私たちは食料も水もなく、現金もほとんど持っていなかった。ある小さな村に立ち寄った際に、私たちのうちの1人が水の入った瓶を1本調達して、私たちはそれを順番に回して飲んだ。水は私たちの舌先を湿らす程度の量しかなかった」

2日後、一団はやっとエデンまでたどり着いた。港町のUNHCR本部でAbdel Karim氏は火傷の治療のために病院へ連れて行ってほしいと申し出た。

OHRO長官のArafat Jibril氏によると、火災があった日に抑留所にいた2,000人の抑留者のうち、エデンにたどり着いたのはわずか220人だった。エデンまで来られなかった者の末路は依然として不明である。

「アフリカ系移民はたびたび失踪する」とJibril氏はアラブニュースで語った。「強制的に失踪させられる人の数は増加傾向にある。しかし、その正確な数を知る術がない。これについては国際機関に任せるべきである。なぜなら、彼らは、サナアにその多くが存在する秘密の抑留所の場所を知っているからである」

弁護士兼活動家として、Jibril氏はフーシに占領された地域内からの目撃証言を集めており、それはアフリカ系移民に対して行われている残虐行為を暴こうと、果敢な志願者によって内密にWhatsAppでの録画という形で進められている。

失踪者に何が起きたかを解明するのは難しいことである。「分かっていることは、例えば、病院に搬送された10人の女性が行方不明であるということが挙げられる」と彼は語った。

「アフリカ系移民の大規模な抑留が続いていることや、抗議の首謀者やマスコミに情報提供した移民の名前を含む長い『指名手配』リストが存在することも分かっている」

「また、フーシは移民を仕分けしていることも分かっている。若くて健康な移民は戦地へ送られ、塹壕の最前部に立たされ、『the blacks』―とフーシはアフリカ系移民を呼ぶ―が1番に死亡する。戦いで生き残り、家族のもとへ帰れた者からこのような話をよく聞く」

「彼らはアフリカ人女性も戦地へ送り、彼女らをZaynabiyat(フーシの女性民間軍)と呼び、料理やその他の身の回りの世話をさせる。火災があった日の2日前に、抑留されていたうちの少なくとも180人の女性と30人の子供が誘拐された。彼らについても私たちは何の情報も持っていない」

この虐待の核に人種差別があるということに疑いの余地はない。

「悲劇的な火災のすぐ後に、フーシがアフリカ系移民に対して人種差別的中傷を浴びせ、彼らを『Bilalの孫』―預言者のエチオピア人伴侶でイスラム教における最初の祈祷時刻告知係―と呼び、『あなたたちの仲間を焼いたように、あなたたちを順番に焼き殺す』と脅していた」とJibril氏は語った。

彼は、これらの例が氷山の一角に過ぎず、大いに見過ごされている悲劇は残虐さを増しているのにもかかわらず、国際社会からは関心を向けられないと懸念している。

アフリカ系移民に誰も関心を持っていないということをフーシもよく認識している。

「彼らを守る機関はない」とJibril氏は語った。「誰も守ってくれない。そこでフーシが『彼らを利用しよう』と言うのである。彼ら移民が犯した唯一の『罪』は黒人として生まれたことなのだ」

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Twitter: @EphremKossaify

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