





ダウド・クッタブ
アンマン:オリーブの木ほどパレスチナ人のアイデンティティを的確に象徴するものはない。オリーブの木は、パレスチナ民族全体にとって占領によって失われた土地と生活のルーツとなっていると同時に、不法入植による領土侵犯に対する抵抗の強力なシンボルとなっている。
穏やかな地中海性気候のレバント地方では何世紀にもわたって、オリーブの実とそこから採れる黄金色の絹のようなオイルが安定した収入源となってきた。現在パレスチナ自治区では8万から10万の家族がオリーブとオリーブ・オイルを主な収入源または二次的な収入源としている。この産業は地域の果物生産の約70%、地域経済の約14%を占めている。
このためこの頑丈な木が、パレスチナ人の芸術や文学、さらには遠く離れたディアスポラにとっても、流浪に対する根付き、苦難の時代における自給自足、戦争の時代における平和のシンボルとして非常に重要な役割を果たしているのは当然かもしれない。
エルサレム在住のパレスチナ人画家で、土地をテーマにした作品を発表しているスリマン・マンスール氏はアラブニュースの取材に答えて「それ(オリーブの木)は困難な状況下でも生きていけるパレスチナ人の不屈の精神を表している。パレスチナの人々も、(オリーブの)木と同じように、土地に深く根を張って生き伸びることができるのだ」と話した。
2008年に亡くなったパレスチナの著名な詩人、マフムード・ダルウィーシュは作品の中でオリーブによく言及した。1964年に出版された詩集『Leaves of the Olive Tree』にはこう書かれている。「オリーブは常緑樹である/オリーブは常緑であり続ける/宇宙に対する盾のように」
このようにパレスチナの国民生活におけるオリーブの木の経済的・象徴的な役割が大きいため、何世代にもわたってオリーブを育ててきた農村地域は、彼らの土地と生活を奪おうとする不法入植者の日常的な標的となっている。
今年の10月12日にオリーブの収穫が始まって以来、ヨルダン川西岸地区ではイスラエル人入植者がほぼ毎日のようにパレスチナの村を襲い、農民を殴り、作物に化学薬品を散布し、数百本のオリーブの木を根こそぎ倒している様子が報告されている。
このような暴力や破壊行為は今に始まったことではない。赤十字国際委員会によると、2020年8月から2021年8月の間だけでもヨルダン川西岸で9,300本以上の木が破壊されており、気候変動の影響ですでにダメージを受けている状況をさらに悪化させているという。
ICRCのエルサレム担当責任者Els Debuf氏は、「ICRCは何年も前から、オリーブの収穫期までの期間と10月から11月にかけての収穫期に、ヨルダン川西岸地区の特定の入植地等に住むイスラエル人入植者によるパレスチナ人農民とその財産に対する暴力が増大するのを見てきた。農民は、農機具の破壊やオリーブの木の抜根・焼却はだけでなく、収穫を妨げるための嫌がらせや暴力を受けている」と述べた。
国連が任命した独立した監視機関によると、ヨルダン川西岸地区のパレスチナ人に対するイスラエル人入植者による暴力は、「お咎めなしの雰囲気」の中、ここ数カ月で悪化しているという。
これらの攻撃によりパレスチナの農民たちは、5,000年の歴史を持つ同地域の産業が消滅しないように、毎年西岸地区に約1万本のオリーブの木を新たに植えなければならなくなった。
パレスチナの著名な画家、陶芸家、彫刻家であるナビル・アナニ氏は、オリーブの木は強力な国家のシンボルであり何としても守らなければならないと考えている。
パレスチナ現代美術の創始者の一人として知られるアナニ氏はアラブニュースの取材に対し、「私にとってオリーブの木は国家のシンボルであると同時に芸術的なシンボルでもあります。それはパレスチナの自然と美しさを反映しています。私たちの伝統、文化、詩や歌は、しばしばこの木を中心にしています」と話した。
パレスチナ政府の中心地であるラマッラーの西側には、見渡す限りのオリーブの木が茂った丘があるとアナニ氏は言う。「山全体を覆うように生えていて、誰が見ても最高に気持ちの良い景色のひとつです」と彼は付け加えた。
パレスチナ文学で最も尊敬されている女性詩人の一人、故ファドワ・トゥカン氏は、オリーブの木を自然との一体感の象徴、またパレスチナの再生と復活への希望の象徴と捉えていた。
1993年の詩の中で彼女は次のように書いている。「オリーブの木の根は私の土壌から生えておりいつも新鮮だ。その光は私の心から放たれて霊感を与えてくれる。我が創造主が、私の神経、根、体を満たすまで、彼は自分の中に生まれ成熟のために、その葉を揺らしながら立ち上がったのだ」
オリーブは、収入源や芸術的インスピレーションの源であるだけでなく、パレスチナ人の食生活や食文化にも欠かせない。オリーブのピクルスは朝食、昼食、夕食に登場し、栄養面での効果が高い。
オリーブオイルを使ったレシピは数多いが、その中でも最も人気があるのが「zaatar w zeit」だ。これは、オリーブオイルに浸した柔らかい平たいパンに、ゴマとスパイス入りのタイムのパウダーをたっぷりかけたものだ。
オリーブオイルは歴史的に食卓以外にもさまざまな用途に使われてきた。オイルランプの燃料として、髪や爪、肌の乾燥を防ぐための自然のオイルとして、さらには殺虫剤としても使われてきた。
オリーブがパレスチナの文化・経済生活に貢献しているのは、果実やそのオイルを通してだけでない。オリーブの実の中心にある硬い石であるオリーブピットは、古くからイスラム教徒やキリスト教徒の数珠として再利用されてきた。
また、オリーブの葉や枝は収穫期に刈り取られて羊やヤギの餌となり、オリーブ林の広い樹冠は、家畜や羊飼いのために午後の厳しい日差しを遮ってくれる。
また、伐採した木材は16世紀の頃から宗教的な聖像の彫刻に広く使われており、現代のようにガスが普及する前は薪としても利用されてきた。実際、ステンドグラスで有名なヘブロンのガラス職人は、窯の焚き付けにオリーブの木の炭を使い続けている。
このようにオリーブの木の目に見える価値も数多くあるが、パレスチナ人にとってより高いオリーブの木の価値とは、時代を超えてそれが詩人や画家、預言者たちにインスピレーションを与えてきたことであり、オリーブの木は今も引き続きパレスチナ人のの文化や国家樹立への道のりの中で特別な位置を占め続けている。
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ツイッター @daoudkuttab