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ネットゼロ政策が最終的に無に帰す可能性

スナク首相の環境政策における方向転換は、世界中の指導者たち、とりわけ欧米の民主主義諸国の指導者たちが受けている圧力の影響だと数多くの人が確信している。(AFP)
スナク首相の環境政策における方向転換は、世界中の指導者たち、とりわけ欧米の民主主義諸国の指導者たちが受けている圧力の影響だと数多くの人が確信している。(AFP)
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29 Sep 2023 03:09:38 GMT9
29 Sep 2023 03:09:38 GMT9

英国の次期総選挙が近づく中、敗北の可能性を嗅ぎ取った与党・保守党は、気候変動問題を利用して選挙上の利益を得んとする新たな取り組みを行っているようである。そう、リシ・スナク首相が勝利の可能性を掴むためにあらゆる策略を弄したところで誰がそれを責められようか?結局、それが政治家が得意としていることであり、スナク首相が最近行った180度の方向転換は、数票あるいはもう少しの票との引き換えに、保守党や現政権、そして英国のグリーンな公約が犠牲にされているという事なのかもしれない。

スナク首相は、先週、英国政府が自ら定めたガソリン車とディーゼル車の新車販売禁止期限の2030年を2035年に延期し、よりクリーンで環境に優しい家庭用暖房システムへの移行を2026年ではなく2035年まで完全には実施しないと述べた。これらは、英国政権が選挙での得票を目当てに、2015年のパリ気候協定を受けて設定した排出削減目標をいかに撤回しようとしているかを示す2つのステップに過ぎない。もし英国が依然としてグリーン転換の公約を維持し、2050年のネットゼロ目標を達成する計画であるのならば、こうした政策の変化をどのように相殺するつもりなのかについて、スナク首相は語っていない。

スナク首相の発表は、国民を助けるという名目で、有権者たちの利益を考慮してなされたもののようである。生活費危機として英国の家庭が実感する経済的危機が、スナク首相にこの重大かつ深刻な政策転換を余儀なくさせたように見受けられる。こうした見方の根底には、もちろん、英国が将来その気候変動に関する義務を果たすための努力を倍増させるはずだという期待がある。

とはいえ、世界のいずれの場所に目を向けるか次第では、夏期の記録的な気温上昇、山火事や干ばつ、河川の縮小、汚染物質の増加と、自然界が安逸を提供してくれない状況は多発している。こうしたダメージに加えて、英国の5倍の大きさの南極の海氷の消失や、海水温の上昇、さらには、一般的には大気の温度の上昇が加わり得る。この状況は、気候科学者にとってはもちろんのこと、理性ある個人にとっても恐ろしいものである。

英国政府は、選挙での得票を目当てに、パリ気候協定を受けて設定した排出削減目標を撤回しようとしている

モハメド・チェバロ

スナク首相の環境政策における方向転換は、世界中の指導者たち、とりわけ欧米の民主主義諸国の指導者たちが受けている圧力の影響だと数多くの人が確信している。いずれの国の政治家も、気候変動関連の真実を中途半端に受け入れた挙句、ネットゼロを目指すことが、経済成長を生み出し、国庫を潤し、環境に優しい職を失業者に提供し、結果として国民に利益をもたらすのだと長年にわたって主張してきた。ある種の行動の放棄を初めとする犠牲を払う必要が生じるといった、移行に伴う真のコストを考慮しようとは誰もしたがらなかったのだ。また、莫大なコストや技術的な限界を織り込んで考えようとは誰もせず、多くの人々は、依然として、新しいタイプの燃料や電池、よりクリーンなエネルギー、メタンや汚染物質を吸収するプラントが、排出量の削減に大きな役割を果たすと期待している。

ネットゼロへの移行は、大多数の人にとっては、どうやら紙に書かれた夢物語に留まっている。この状況は、現実には、フランスで2018年に環境に配慮した新たな燃料税がいわゆる「黄色いベスト」の抗議運動を引き起こしたように、各国の現政権にとって悩みの種であるのかもしれない。ドイツでは、ベルリンがガスや石油ボイラーの新規設置の禁止によりクリーンなヒートポンプを導入する政策を進めれば、極右政党である「ドイツのための選択肢」が選挙戦で有利となる可能性が高い。「ドイツのための選択肢」は、支配層エリートの「グリーン・ファシズム」を批判している。米国では、気候変動否定派の声が非常に強く、ポピュリスト右派はネットゼロ政策に対する不信感を隠そうとしない。

より貧しい南の発展途上諸国においては、語り口はやや異なるものの、やはり多くの場合は同様の懐疑論に至り、豊かな先進国がネットゼロ社会への移行費用を負担してくれるのを待つか、気候問題における無為無策を自己擁護するかのいずれかである。むしろ、貧しい国の人々は、週末までいかに子供たちに食事をさせるのかについてより深刻に頭を悩ませており、世界の終末をいかに防ぐかについては関心の持ちようもないと言明する。

ある種の行動の放棄を初めとする犠牲を払う必要が生じるといった、移行に伴う真のコストを考慮しようとは誰もしたがらなかったのだ

モハメド・チェバロ

英国人が憂慮すべきことは、いかなる逆境であっても権力にすがりつく保守党の政治家によって気候変動が政治的な武器として便利に利用されてしまいかねない危険性である。英国民とその空に近い財布を守ろうとするスナク首相の「誠実な」尽力を見る限り、保守党の組織は、現在、国民を欺こうと懸命に稼働しているかのようである。英国民は、2016年のブレクジット国民投票前に流布されたデマを思い出させるような偽情報キャンペーンに備えるべきだ。

保守党の選挙対策本部からジャーナリスト当てに送付された電子メールにより、次の選挙戦で同等によって用いられる戦術が明らかになった。保守党の戦術の攻撃対象は、気候変動委員会から、野党である労働党が公約した低炭素経済への280億英ポンド(340億米ドル)の投資まで多岐にわたる。これらは、存在しない食肉税や航空機税、カーシェアリングの義務化、7種類のゴミ箱とリサイクルボックスの自弁による設置の義務化といった政策を撤廃する決意を固めているという、先週のスナク首相による虚偽の主張の延長となるものである。

こうした有権者を惑わすような選挙戦術は、保守党が、どんな犠牲を払ってでも権力にしがみつこうと死に物狂いの政党であることを明確に示している。そして、こうした戦術は、また、英国の政治的スペクトラム全域にわたって政治家たちの支持を得ていたネットゼロ政策や環境保護が選挙の明暗を分ける争点となり、気候変動が政治的フットボールになり得る可能性をも示唆しているのだ。この状況は、英国のグリーン転換が有毒で有害な事柄として捨て駒にされ、ネットゼロの希求を政策立案や投資・経済政策の崇高な基盤として積み重ねてきた長年にわたる努力が損なわれてしまう危険性を内包しているのである。

そのようにして、英国は、最終的に、気候危機に対して懐疑的な北の裕福な先進諸国と南の貧しい発展途上諸国に加わることになる。これは、グリーン転換に確実に伴うことになる人的・財政的コストについて英国民に対して透明性を保つことを拒否した、たったそれだけのことを起因とする変化なのだ。

  • モハメド・チェバロ氏は英国系レバノン人のジャーナリストでメディアコンサルタント兼トレーナー。戦争、テロ、防衛、時事問題、外交の報道において25年以上の経験を持つ。
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