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ガザ紛争の勝者は中国か

中東における米国の「ぶれ」は、米国のダメージとなるだけでなく中国を大きく利するものだ(AFP)
中東における米国の「ぶれ」は、米国のダメージとなるだけでなく中国を大きく利するものだ(AFP)
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01 Feb 2024 10:02:38 GMT9

ガザ紛争の凄まじい暴力性を考えれば、勝者と敗者について論じるのはあまりにも雑なことに思える。とはいうものの、現在の紛争を見る限り、勝者はほとんどいない。パレスチナ人は2万6千人以上が死亡し、さらに6万5千人が負傷し、家屋やインフラは計り知れない損害を被った。ハマスは、イスラエルが殲滅を宣言しているにもかかわらず存在し続けていることを成功と考えるかもしれないが、それは犠牲が多すぎて引き合わない勝利の最たるものだろう。

同様に、イスラエルも苦戦している。10月7日に1,200人以上が殺害された衝撃的な事件の復讐を果たしたと考える人々もいるかもしれないが、今のところハマスの壊滅も、イスラエル人の人質132人の解放も実現していない。同時に、イスラエルの世界的なイメージには傷がついている。南アフリカの提訴により、国際司法裁判所がイスラエルに大量虐殺行為の防止を命じたことは痛手だった。イスラエルは引き続き西側同盟国の支持を受けており、ベンヤミン・ネタニヤフ首相は戦争の継続を主張しているが、犠牲は大きい。

しかし、これまでで最大の「敗者」は米国だ。中東における米国の「ぶれ」と信用失墜は、米国にとってダメージとなるだけでなく、そのライバル国である中国を大きく利するものだ。

2021年初頭に大統領に就任したジョー・バイデン氏は、米国の中東への関与を弱めることを望んでいた。これは、10年以上前にバラク・オバマ氏の副大統領に就任して以来、彼が強く求めてきたことだった。米誌ニューヨーカーによれば、バイデン氏はオバマ政権において、「米国の武力行使に懐疑的な声を強く発していた」。特に中東での武力行使には慎重で、リビアやシリア、さらにはウサマ・ビンラディン殺害作戦における重要な局面でも慎重を期すよう促していた。中東からの完全な戦略的撤退を主張しているわけではないが、バイデン氏は以前から、より抑制的な軍事的関与や他地域への戦略的集中を求める人々と連携してきた。

中東における米国の「ぶれ」と信用失墜は、ライバル国を大きく利するものだ

クリストファー・フィリップス

大統領に就任して以来、バイデン氏はそれを実践に移してきた。彼の戦略的な優先事項は中東にはなく、(これはオバマ氏とドナルド・トランプ氏が始めたことであるが)アジアや中国に集中しており、2022年以降はロシアのウクライナ侵攻に対抗することに焦点を当てている。アフガニスタンからの撤退や、シリアやイラクからの撤退に関して現在行われている議論は、この戦略的転換を浮き彫りにした。

しかし、10月7日以降、こうした長期的な戦略的優先事項は、イスラエル支援の後に回されたように見える。米国はヒズボラを阻止するために東地中海に空母を派遣し、紅海の海上輸送に対するフーシ派の攻撃に対応するためイエメンに空爆および特殊部隊の派遣を行い、イラクやシリアではイランと連携するさまざまなグループを標的にしてきた。そして現在、28日にヨルダンで3人の米兵がドローン攻撃により死亡したことで、この地域で米軍の攻撃がさらに増加するという見通しが強まっている。

バイデン氏が中東への大規模な軍の再配備を承認する可能性は低いと思われるし、もちろん、氏が懐疑的だったジョージ・W・ブッシュ氏の「対テロ戦争」の時のようなことはないだろう。しかし、少なくともこうした中東の火種は、バイデン氏が他地域に関して表明した戦略的目標から焦点をぶれさせるものだ。

ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領はすでに、ガザ紛争が自国のロシアとの戦いから「関心を奪っている」と警告しており、10月以降、米国も確かに関心が薄れたように見える。米議会は、対ウクライナ武器供与のための追加資金援助を承認することに消極的だ。同時に、西側諸国を結束させて中国に対抗しようというバイデン氏の意欲は、薄れつつある。彼は2023年5月にG7諸国を説得し、対中国投資の「リスク回避」に成功したが、ガザ紛争が勃発して以来、中国を抑え込むことよりも、西側同盟国のイスラエル支援を維持することにより重点を置くようになった。

ガザ紛争は中国やロシアとの対立から関心を奪うだけでなく、グローバル・サウスの米国に対する信用を損なっている。イスラエルに対する国際法廷提訴は、アラブ連盟、イスラム協力機構、トルコ、マレーシア、ブラジル、パキスタン、コロンビア、ベネズエラなど非西洋世界の主要代表によって支持された。しかし、国際司法裁判所が南アフリカの告発は評価に値し、確かな調査に基づいているとして基本的に支持し、イスラエルの大量虐殺に対して警告を行ったものの、ワシントンはイスラエルに対する支持を変えないと強調した。

中国がグローバル・サウスに繰り返し語ってきたのは、米国は信用できず利己的だということだった

クリストファー・フィリップス

このため、欧米やグローバル・サウスのオピニオン・リーダーは、相次いで米国を偽善的だと非難した。一見すると米国の主要な同盟国に不利な裁定が下ったことで、米国主導のルールに基づく秩序の法的なよりどころが否定されたというわけだ。バイデン政権は2022年から2023年にかけ、ロシアのウクライナ侵攻を非難するようグローバル・サウスに強く求めたが、イスラエルがガザで同様の行動をとることを支持するように見えたことで、すでにかなり傷のついた米国のグローバル・リーダーシップに対する信頼は、さらに失われることになった。

これは、またもや中国を利することになる。中国は長年、米国が自任するグローバル・リーダーシップに異議を唱えてきた。2023年のヨハネスブルクにおける会議でBRICSグループが拡大された際、習近平氏は、新たなメンバー国が非西洋世界の発言力を高め、「米国の覇権」を弱めるのに寄与するだろうと述べた。

中国がグローバル・サウスに繰り返し語ってきたのは、米国は信用できず利己的である、中国はグローバル・サウスの一員としてより良い同盟国になれる、といったことである。中国はすでにサハラ以南のアフリカ、東アジア、そして現在は中東に本格的な進出を果たしており、この主張が受け入れられつつあるのは明らかだ。中国、さらにはロシアも、一見するとネタニヤフ首相を抑えようとしない米国の姿勢を、結局のところ米国が「植民地」勢力であることのさらなる証しであると指摘することができるのである。

さらに問題を複雑にしているのは、中国は今のところ、ガザ紛争で利益を得るためにほとんど何もする必要がないということだ。米国が深く関与しているのに対し、中国は比較的距離を置いている。中国の指導者はイスラエルの侵攻を非難し、自制を促す声明を発表しているが、そのほとんどは、グローバル・サウスにおける米国の信用を落とすためのものだ。これは戦略としてはほとんどコストがかからず、米国の行動を理由に中国の信用を高める可能性がある。この戦略が長期的に有効かどうかは現時点では不明であり、ガザ紛争が最終的にどう展開していくかにもよるだろう。しかし、今のところ、ガザ紛争に「勝利」しつつある国があるとすれば、それは中国であるように思える。

  • クリストファー・フィリップスはロンドン大学クイーン・メアリー校の国際関係学教授であり、『10の紛争で説明する中東史(原題:Battleground: Ten Conflicts that Explain the New Middle East)』の著者である。X@cjophillips
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