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金正恩氏の謝罪で南北朝鮮に外交上の好機到来か

南北非武装地帯(DMZ)内で対面している韓国軍士官(右)と北朝鮮軍士官。2018年11月22日。(ロイター)
南北非武装地帯(DMZ)内で対面している韓国軍士官(右)と北朝鮮軍士官。2018年11月22日。(ロイター)
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29 Sep 2020 08:09:14 GMT9

先週、北朝鮮の領海内で韓国の水産行政関係者が射殺されるという一件があった。これに対し北朝鮮の指導者金正恩氏は異例の謝罪をおこなっている。なんとも珍しいことも起きたものだと思えた。正恩氏は、北朝鮮の実権を握ってからのいきさつを鑑みても、何であれ謝罪をするような人物ではない。韓国政府首脳部としても、国内外にさまざまな要因を抱えることもあり、北朝鮮政府をふだんに増して慎重に注視しているところであるのは言うまでもない。

相次ぐ豪雨による天災、また新型コロナウイルス感染症の大流行で協力する必要もあり、目下のところ、南北間で和解なり緊張緩和の兆しが見えている。3つ目の理由をつけ加えるならそれは南北離散家族の問題だ。戦争により何十年も離ればなれとなり、再会に向けた活動が長い間続けられている。南北間の交流は継続している。先週の射殺事件が起こる以前でも数週間にわたり金正恩氏は韓国の文在寅大統領と書簡のやりとりをしていた。

韓国側の公務員が射殺され死体が焼かれたことで南北は色めき立った。北朝鮮が韓国青瓦台(大統領府)へ送った書簡によると、北側の部隊が、身元不明の男性が海に浮かんだ状態で見つかったとの連絡を受けたのだという。兵士に身元を明かすよう求められてもこの男性が応じなかったため、10発近い銃弾を発砲したと、書簡では記している。その次のくだりは虚報に覆われ真相は杳としてつかめないが、結びは世にもまれな一文となった。正恩氏は、「コロナ禍に苦しむ南の同胞を支援するどころか、文大統領ならびに南の同胞へわが国の海上で起きた慮外の不幸により多大な失望を与えてしまったことをたいへん申し訳なく思う」と伝えている。この書簡ではさらに、北朝鮮は海上の警戒監視を強化したとしつつ、「北南間の関係に明白に否定的な影響を与える出来事」をわびる内容を付け加えている。こうした物言いは、北朝鮮の「力への意志」である「主体思想」のソフトな側面を強く前面に押し出したサインといえる。

北朝鮮国内の開城(ケソン)市に設けられた南北連絡事務所を6月に北がまず閉鎖の上破壊におよんだことを受け、南北間のやりとりが中断し、それ以来南北間の緊張は高まっている。南北関係が悪化する以前には、文氏が主導した年来の親北政策の結果、文氏と正恩氏の歴史的な対面、さらには正恩氏とドナルド・トランプ米大統領の首脳会談もあった。こうした対話が積み重なってもどのプレーヤーにも望ましい結果は生まれなかった。そして北はますます聞くに堪えぬ言葉遣いで南を非難する声を高めた。

なぜ今回こうしたことが起きたか。その主な理由はおそらく、2周年を迎える平壌共同宣言ではないか。

2018年9月に南北が署名したこの宣言は、両国間の軍事的緊張をやわらげることが主眼だった。2周年を迎えても北朝鮮からは一切言及はなかったが、韓国は協力関係強化を求めるとともにその刷新も図りたい考えだ。韓国側の意図は、国内事情だけのためではない。米政府が外交を取引材料として犯した失敗のせいでもある。文氏が現在の米韓関係に飽き飽きしているのは明らかだ。韓国の李仁栄(イ・イニョン)統一相は北との境界にある板門店で北朝鮮政府に対し2018年の合意を遵守するよううながしている。

平壌共同宣言では経済分野での協力も謳われた。が、目下のところ実体はともなっていない。双方は、南北国境近くにある開城工業団地の正常化や、北朝鮮国内の金剛山(クムガンサン)観光事業を伸展させ特別共同観光地帯とする案の進行を図った。また双方は公共公衆衛生の分野でも協力することで一致していた。これは特に、伝染病が発生した場合や、不信感を未然に回避するため緊急措置を実施することを念頭に置いたものだ。が、宣言の精神はこの2年間顧みられず、両国の信頼には傷が入った。文氏と正恩氏がどのような形でふたたび協力しようとするかについて理解するためには、韓国・朝鮮人の情緒やものの見立て方というものを勘案することが肝となる。中国も南北朝鮮の関係については、香港・台湾その他域内との競り合いの一方で目を逸らしてはいない。

朝鮮半島では南北が6月に対話を閉ざして以来緊張が高まっている。

韓国は、中国と短期~中期的に対抗していく取り組みの一環として、メコン川流域諸国に積極的に寄り添う姿勢を示している。韓国政府は「新南方政策(NSP)」を推進、南アジアの開発にリソースを供給することを言明している。この韓国のNSPや、米国の「メコン川下流域開発」、日本の「日メコン協力」といった政策が居並ぶことで、メコン川流域諸国は、中国主導の一帯一路や「瀾滄江(らんそうこう)メコン開発協力」のほかにも投資してくれる先が選べることとなる。韓国がこうした外交姿勢で動けば、中国と適切な均衡を取ることにも資するし、むろんそれは北朝鮮であっても同じだ。

韓国人公務員の射殺事件は、朝鮮半島に暮らす人々が南北の別なく血の通った人間だということを改めて思い起こさせた、というかそのことに改めて目を向けさせたことは確かであるはずだ。離散家族の再会をさらに進め交流の輪を広げていくことを掲げた平壌共同宣言からはや2年が過ぎ去った。板門店ツアー一時中止の撤回やDMZ「平和の道」事業についても目下、意見が交わされているところだ。南北は台風に相次いで見舞われ、新型コロナウイルス感染症が猖獗を極め、あまつさえ米国の大統領選をひかえた政治論争の影響も受け、南北間に特化した諸問題の解決に向けて乗り出す可能性が、ここ数か月のうちにあるかもしれない。その間、背後から迫る中国の影は不気味にのしかかり、米国は時あたかも大統領選挙中だ。

  • は、ワシントンD.C.所在のガルフ・ステート・アナリティクス上級顧問。また、安全保障問題を専門としてUAE10年在住、ランド研究所の政治研究主幹としても在籍した。Twitter: @tkarasik
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