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ソレイマーニーの死でイランの戦略が台無しに

2020年1月3日金曜日の未明、イラクのバグダードの空爆後にバグダード国際空港で燃える車両。(AP)
2020年1月3日金曜日の未明、イラクのバグダードの空爆後にバグダード国際空港で燃える車両。(AP)
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05 Jan 2020 01:01:35 GMT9
バリア・アラマディン
05 Jan 2020 01:01:35 GMT9

コッズ部隊司令官ガーセム・ソレイマーニーおよびイラクの民兵組織指導者アブ=マフディ・アル=ムハンディスの殺害ですベてが変化している。トランプは、中東地域全体にイランの武装を拡大させた2人の主要人物を一撃で排除した。

激怒したテヘラン州政府は破壊的な報復を模索するだろうが、この作戦は30年間、同地域のテロリスト戦略の黒幕だった男を抹殺した。イランの指導者であるアリ・ハメネイが自らの「生きた革命の殉教者」として称賛し、多くの人々がハメネイの後継者として可能性が高いと信じていたソレイマーニーの死によって、同地域全体の過激派を動員するイランの権力にぽっかりと穴があいた。

ソレイマーニーは植民地大臣というニックネークを得た。これはイランが地域支配を追求した時に主要な役割を果たしたことを反映している。2003年当初、イランは、アフガニスタンおよびイラクへの侵攻の後はイランだと信じ、ジョージ・W・ブッシュに対して譲歩しようとしていた。民兵部隊の新世代を構築して米国をイラクの血塗れの泥沼状態に陥れる方針を力強く擁護し、その先頭に立ったのはソレイマーニーだった。民兵部隊は連合部隊に対する何千回もの攻撃を行い、約600名を殺害した。 米国が2007年のはじめにクルディスタンでソレイマーニーの護送車を襲い、彼を逮捕しようとして失敗に終わった時、彼は数日後に同紛争で最も大胆な軍事作戦で応戦し、白昼堂々と連合部隊のカーバラ本部に侵入し、数名の米国人兵士を拉致し、殺害した。

2011年までにほとんどの大使はバッシャール・アサドが数週間以内に権力の座から追放されることを予測していた。しかし、そうはならず、ソレイマーニーは、ダマスカスに飛び、独裁者に資金を提供して、非常に大規模な民兵隊を組織するための大規模な運動に乗り出した(彼の多くのイラク人の被後見人を利用して)。

ソレイマーニーの戦略は最終的に、不可能と思えることを達成した。自分の部隊と一緒に市民の血の川を進み、国の大部分を取り戻した。ロシアはソレイマーニーが個人的にアレッポの奪回を見届けてから初めて関与を進めた。ソレイマーニーはイエメンにおけるイランの介入の主導者でもある。あえて応戦しなければ、テヘランが湾岸諸国の面目を潰すこともあり得ると誤った主張をしていた。

イラクまたはイラクに拠点を置く上級外交官と話し、ソレイマーニーがいかに活動的であったかという点で、私は例外なく驚かされた。彼は滅多に部下に代理をさせなかった。ソレイマーニーは、ダーイシュに対する主要なすべての戦闘で最前線におり、作戦室にいた。2017年に、彼は、クルド人政治家を買収し、イランの代理軍が真空地帯を占拠している中、脅迫して中央イラクからのペシュメルガの完全撤退を命じさせた。

間違いなくハメネイに続く2番目のイラン人実力者として、ソレイマーニーの大きすぎる靴を履くことのできる人物は誰もいない。彼の後継者として指名されているコッズ部隊の司令官、イズマエル・ガーニは、彼の亡き上司に比べれば、はるかに目立たない人物であり、その上司の広範囲にわたる個人的な連絡相手およびイラン過激派世代の知識のネットワークは持てないだろう。

米国はソレイマーニーの殺害により、テヘランの地域覇権戦略の主要な執行者を斬首したことになる

バーリア・アラムッディーン

イラク抗議運動の一部では、ソレイマーニーの死を、思わぬ米国からの新年の贈り物ととらえ、すぐに祝福しようとしていた。何百名もの抗議活動家の死の責任はソレイマーニーにあった。彼は、個人的に狙撃手の配置を命じ、民兵部隊を展開して殺傷能力のある武器を持つ抗議活動家に立ち向かった。彼はイラクの指導者に対し、さらに攻撃的に抗議活動の鎮圧を行うように圧力をかけた。たとえ民兵が自分たちが尊敬する人物の殺害を非難して街に押し寄せたとしても、抗議活動家は、テヘランが自分たちの国を米国との血みどろの対立の闘争の場として利用しないように要求する契機をつかまなければいけない。これはイラク人にとって、盗まれた自分たちの主権の奪回を始める絶好の機会である。

イラクの状況においては、イラクの過激派の動員に関わるソレイマーニーの副司令官、アル=ムハンディスがいなくなったこともほぼ同じように重大である。

アル=ムハンディスは、イラクのほとんどの地域で、軍事的にも政治的にも支配的な力となっているアル=ハシド・アル=シャービ民兵連合の有能なリーダーだった。彼は、ハシドの中庸で無宗派の要素を周縁に追いやり、イランの権力に完全に従う動きを生み出した。彼はまた、数日前に米国が空爆の標的としたヒズボラ・ブリゲードの指揮官でもあった。

長らくソレイマーニーの恐怖の統治に耐えてきたイラクの指導者たちは、ソレイマーニーによって地位を得た多くの者も含め、すぐに声高に非難を公言した。アル=ムハンディスの民兵隊の盟友、ハディ・アル=アミリは、これらの暗殺の代償として、米国は直ちにイラクから完全に撤退すべきであると明言した。この目標を支援するため、イラクの政治家たちには大きな圧力がかかるだろう。

テヘランは、弱さを見せる余裕はないことを知っている。米国がイラク経済に制裁を加え、壊滅的な影響が出ている中、ソレイマーニー自身が背後で指揮を執っていたテヘランのここ数ヶ月の原則的な戦略は、最大限の圧力をかけるトランプの戦略をやめさせるために、地域的な標的への攻撃を活用するというものだった—— 大統領が海外の軍事的関与を避けたいと望んでいることを知った上でのことだ。イランがこの衝撃的な暗殺に対して、米国の地域的な利害に比較的に有害な方法で応戦し損ねたことは、イランが張子の虎であることを知らせたのと同じことである。

テヘラン州政府は怒った猫を入れた袋のようである。彼らは苦労して慌てて出てくることもできるが、この作戦は彼らを、軽率で、馬鹿げており、手に負えない一連の行動に駆り立てることもあり得る。そしてその行動は根本的に政府自体を蝕むだろう。ソレイマーニーは、海外のテロリズムに国の財産を浪費することで、多くのイラン人に嫌われていた。 政府が彼の死をめぐって、この地域を無益で高くつく戦争に突入させたとしても、市民の中にはほとんど共感は生まれないだろう。

米国はソレイマーニーの殺害により、テヘランの地域覇権戦略の主要な執行者を斬首したことになる。これにより、テヘランの名を冠したコッズ部隊司令官の個人的な軍事支配の長い局面が終わりを迎えた。少なくとも40年にわたり、何千もの民兵およびテロリストの攻撃を指揮したことにおいては、ソレイマーニーと同じ長さを誇る国際テロリストはいない。彼は戦いに生かされ、ふさわしい死に方をした。彼の他界は嘆くべきではない。

我々は未開の領域にいる。これから先、テヘラン州政府が選択する対応が、慌てて出てきても、傷を舐めるために引っ込んでも、これから何年もこの地域で残響するだろう。

バーリア・アラムッディーンは受賞歴のあるジャーナリストで、中東および英国のキャスターである。彼女は『メディア・サービス・シンジケート』の編集者であり、多くの国家首脳のインタビューを行ってきた。

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