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イスラエル首相はなぜパレスチナ国家に言及したのか

週次閣僚会議の議長を務め冒頭発言をするイスラエルのヤイール・ラピード首相。2022年10月2日、エルサレム。(AP写真)
週次閣僚会議の議長を務め冒頭発言をするイスラエルのヤイール・ラピード首相。2022年10月2日、エルサレム。(AP写真)
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04 Oct 2022 03:10:54 GMT9
04 Oct 2022 03:10:54 GMT9

イスラエルのヤイール・ラピード首相は先月、国連総会の演壇でこう宣言して歯車を狂わせた。「2つの民のための2つの国家を基にしたパレスチナ人との合意はイスラエルの安全保障、経済、子供たちの将来にとって正しいことだ」

この発言はパレスチナ指導者を含む多くの人を驚かせた。パレスチナのマフムード・アッバース大統領は長年、毎年9月の国連総会で演説するたびに、自分は和平へのコミットメントに従っており、ニ国間解決に向けた交渉に真剣に取り組む必要があるのはイスラエルだという同じスピーチを繰り返してきた。今年も予想通りにその役目を果たした。今年のスピーチでは、イスラエルは「完全に免責され」ており、「二国間解決の破壊」を目的とした「周到に計画された政策」を取っていると述べた。

ラピード首相は、ナフタリ・ベネット元首相やベンヤミン・ネタニヤフ元首相と同様に、パレスチナ人のテロと扇動を非難し、国連の「偏向」に抗議し、イスラエルがパレスチナ国家よりも自国の安全保障に投資すべき理由を論証する類のスピーチを行うと思われていた。ところが、ラピード首相はその方向には行かなかった。確かに、パレスチナ人が「我々の子どもたちに向かってロケットやミサイルを発射している」と非難するなど、イスラエルの典型的な言い分の多くを繰り返しはした。しかし同時に、イスラエルはパレスチナ国家を望んでいるという予想外の発言も行ったのだ。

そしてラピード首相は、将来的なパレスチナ国家の条件として、「イスラエルの幸福や存在そのものを脅かすような新たなテロの拠点」にならないことを挙げた。

諸条件は別にしても、同首相がパレスチナ国家に言及したことは興味深く、また政治的に危険でもある。イスラエルのユダヤ人の過半数(イスラエル民主主義研究所によると58%)はパレスチナ国家を支持していないのだ。イスラエルではまた新たな総選挙(過去4年弱で5回目)が近づいており、国内で優勢な政治的潮流に逆らって泳ぐことには一見すると勝算があるようには思えない。実際、アイェレット・シャケッド内相が即座にラピード首相の発言を非難したことは、同首相の国連での発言が今後数週間の選挙運動の争点になることを示している。

それでは、ラピード首相はなぜこのような言葉を口にしたのだろうか。

まずはじめに、ラピード首相はパレスチナ国家について真剣に考えているわけではない。いわゆる和平プロセスの開始以来、イスラエルの指導者たちは、米国の仲介のもとで政治的対話を行う意志を示す方法としてこのような発言を利用してきたが、そこから先に踏み込むことはなかった。それどころか、イスラエル(と米国)は過去30年間、パレスチナ指導者の前に国家という人参をぶら下げて、不法な入植地の拡大のための時間稼ぎをしつつ、パレスチナの「拒否」「扇動」「暴力」がそのような国家の樹立にとって現実的な障害となっていると最終的には言ってきたのである。

パレスチナ国家が「イスラエルの存在そのもの」を脅かす「テロの拠点」になるなどといったラピード首相の物言いは、この問題に対するイスラエルの典型的な言い分と完全に一致している。

さらに言えば同首相は、パレスチナが自分たちの言い分を述べ、通常は大半の加盟国がそれを支持し、イスラエルは守勢に立つという、国連総会の目新しさのないルーティンを狂わせることを狙ったのだろう。(アッバース大統領がパレスチナの国連正式加盟を訴える前日に)パレスチナ国家について示唆することで、主導権を奪い返し、先を見越した計画を持った指導者であると見られようとしたのだ。

イスラエル政界では右派が優勢であることを考えれば、ラピード首相の発言は政治的に悪手だったと思えるかもしれないが、実のところそうではない可能性がある。イスラエルの左派と中道派は長年追い詰められている。イスラエルの内外の問題に対する答えを持ち合わせていないと思われていたからだ。

対照的に、宗教陣営や超国家主義陣営との連携をますます強めている右派は、あらゆることに対する答えを持っていると思われた。自由と主権を求めるパレスチナの要求に対する右派の答えは併合だった。占領下の東エルサレムにおける家屋の取り壊しに対するパレスチナの抗議に対する答えは、さらなる家屋の取り壊し、大規模な破壊、排除範囲の拡大だった。

労働党のような名ばかりの左派グループや「青と白」のような中道派グループは、右派の潮流を止めることができず、右派に接近していった。結局、邪悪で暴力的であっても、右派の考え方だけがイスラエルの有権者の支持を集めているように思われた。

ところが、2019年4月以降の4回の選挙の行き詰まりに表れたように、イスラエルの政治的分断は拡大した。右派は安定した連立政権を運営できず、左派は追いつくことができなかった。ラピード首相とその所属政党イェシュ・アティッドは、右派の考え方、ビジョン、計画への単なる反対以上のものを提供できる中道派と左派の安定した連立を提示することで、この状況を全て変えることを望んでいる。

パレスチナ国家は大半のイスラエル人の間で決して人気のある案ではないが、同首相がターゲットとしているのはイスラエルの左派、中道派、アラブ政党だけではない。もう一つのターゲットはバイデン政権だ。

少なくとも言葉の上では二国間解決にコミットしているジョー・バイデン米大統領と民主党は、この先非常に困難な時を迎えることになる。上院と下院の両方で議席を大きく減らす可能性のある11月の中間選挙と、それに続く2024年の大統領選である。同大統領は、自身の政権が平和と安定のビジョンを持ちつつ軍事的に強力な政権であることを示したいと思っている。パレスチナ国家についてのラピード首相の発言は、自身の党(と、今後連立政権が成立した場合にはそれ)に「調停者」として関与してくれそうなホワイトハウスの気を引くことを意図したものなのだ。

ラピード首相は、主導権を奪い返し、先を見越した計画を持った指導者であると見られようとしたのだ。

ラムジー・バロード

最後に、ラピード首相は占領地に差し迫る変化にも気づいている。ヨルダン川西岸地区北部で武装したインティファーダが勢いを増す中、87歳のアッバース大統領の引退も近い。後継者候補の一人であるフセイン・アル・シーク氏は特にイスラエル治安当局に近しく、パレスチナ人の大半から完全に不信の目で見られている。したがって、パレスチナ国家への言及の意図は、誰であれアッバース大統領を継ぐ者に、武装反乱を阻止し、パレスチナ人に政治的幻影を無駄に追い求めさせることを可能にする政治的影響力を与えることなのだ。

ラピード首相の戦略が実を結ぶかはまだ分からない。今度のイスラエルの選挙で代償を払うことになるのか、あるいは、過去のイスラエル指導者たちの同様の発言の多くがそうであったように、同首相の言葉が歴史のゴミ箱の中に消えてなくなるのか。

  • ラムジー・バロードは、20年以上にわたって中東に関する執筆活動を続けている。国際的に記事が掲載されるコラムニスト、メディアコンサルタント。複数の著書があり、PalestineChronicle.comの創設者でもある。ツイッター: @RamzyBaroud
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