



シャム・エルムトワリ、ドバイ
DAIKANはUAEのドバイに2つの支店を持つラーメン店だ。このレストランは日本食に対する本物の深い認識を持っており、濃厚な味のラーメンがそのことを証明している。
DAIKANはオープン以来、店内で食事をするレストランとして営業してきたが、襲来した伝染病の大流行を生き残るため、急いでデリバリーに転向する必要があった。
「このような時期には、急速な変化に対して機敏になる必要がありました。当店のテイクアウト用ラーメンキットは、#ステイホーム 命令中にロックダウン状態の自宅で通常通りのラーメンを提供できるように、急いで導入されました」と、創業者でCEOのサリー・エルマスカンは話した。
3ステップのラーメンキットには、必要な全ての具材と、作り方の説明書が入っており、得意客が馴染みのある味の大好きなラーメンを確実に食べられるようにしている。
パッケージには、スープと麺が別々に入っている密封された袋と、トッピング用の個別容器が含まれている。スープは選んだラーメンの種類によって異なる。ラーメンは温度に敏感なため、スープと麺が分けられ、適切な時間内に確実にラーメンを調理して食べられるようにしている。そうすることでラーメンの全体的な質と新鮮さが保たれる。
このデリバリーの方法は、客に対して柔軟性も提供する。キットは冷蔵庫に入れて最大2~3日は保存が可能なため、客はラーメンを調理するタイミングを自分で決めることができる。
これらのキットはラーメンファンの間で歓迎され、ロックダウンが終わったにもかかわらず、引き続き提供されることになった。
現在、DAIKANは店内での食事とデリバリーの両方で営業している。また、マスクや手袋の着用、および入出店時の消毒など、ドバイ当局が発令した全ての衛生安全予防措置を守っている。
DAIKANはドイツのケルンにて、家族経営のラーメン店というコンセプトでスタートした。サリーとビラルのエルマスカン兄弟が、その背後で頭脳と心臓になって全てを支えている。彼らはドイツ人であり、クルド人の血統ではあるが、日本文化とは本物のつながりを持っている。
2人の兄弟にとって食べ物は常に情熱の対象だった一方で、サリーのアジア料理に対する特別な関心は、彼が留学のためマレーシアのクアラルンプールへ飛び出した時に始まった。そこで彼のラーメンを愛する道が開かれた。
サリーが東京を訪れた時、この愛がさらに大きくなった。日本で彼は、パンクロック居酒屋のオーナーでラーメン通の岡田好幸と知り合った。この出会いがエルマスカンのその後の料理人生を刺激し、最終的にコロンで居酒屋(日本式の酒場)DAIKANをオープンすることへとつながった。
「当時、ハラール版ラーメンの需要がありましたが、ドイツにはありませんでした」と、サリー・エルマスカンは言う。
ドイツからUAEへの引っ越しは、彼らのハラールラーメンをドバイのフードシーンに持ち込んで成功するか試してみたいというエルマスカンの願望が元となった。
この2人にとってラーメンは単なる食べ物以上のものを表しており、日本文化の複雑さと深さを包含している。
「東京ではラーメンはファストフードではありません。何重にも重なった複雑な風味を内包するアートの一形態です。スープ、麺、具、比率などには何百種類ものバリエーションがあります。結局のところ、ラーメンにルールは存在しません。無限の可能性があるのです」と、エルマスカンは述べた。
この根本的な信念が、DAIKANのコンセプトの背後で原動力となっていることを証明してきた。それはまた、COVID-19パンデミックのような極端な状況に直面した時でさえ続く、その全体的な生き残る力の原動力でもある。
直面してきた障害にもかかわらず、DAIKAN兄弟は彼らの有名なラーメンと同じ復活力を示し、絶えず成長と拡大に目を向けている。
彼らはサウジアラビアで飛躍することにも関心を示した。
「もしチャンスが現れれば、間違いなくKSAへの事業拡大を検討するでしょう。」なぜなら「食べ物はさまざまなコミュニティを一つに結びつけると信じており、私たちの目標は今行っていることをUAEやより広い中東地域と共有することだからです」と、サリー・エルマスカンは述べた。