
パリ:2つの日本食レストランが、世界のレストランを格付けする『ラ・リスト』のトップランクに駆け上がり、3つ目のレストランも「ガイドのなかのガイド」として権威ある同リストの第2ランクに入った。
須賀洋介氏の東京にある小さなレストラン「スガラボ」は、テーブル数がわずか20で、ミシュランの星こそついていないが、パリの「ギィ・サヴォア」や、ニューヨークのエリック・リパート氏の「ル・ベルナルディン」といった最上級のレストランとともに、フランスの格付けガイドのトップランク入りを果たした。
イノベーティブなことで有名な料理人の山本征治氏が経営する東京の「龍吟」レストランも、30ランクを一気に駆け上がり、トップランクの格付けに仲間入りした。
山本氏は伝統的な日本のコース料理である「懐石料理」の第一人者として知られているが、来月にパリへ来るようにとのミステリアスな招待を受け取り、それが何の招待であるかが今ようやくわかったと喜びにあふれてAFP通信に語った。
「光栄です。自分の店を持ったのは33歳のときでしたが、まだ若くて半人前だと言われました」。
「あれから16年が経ち、今は日本料理(の伝統)を継承する料理人としての責任を感じています」。
京都吉兆の嵐山店は、アラン・デュカス氏のモナコにある店などとともに第2ランクの格付けを分け合う7つのレストランのひとつだ。
フランス人シェフであるデュカス氏のプラザ・アテネ・ホテルのなかにあるパリの店は、第4ランクの格付けを獲得した。この格付けは、ガイドブックや新聞やトリップアドバイザーといったウェブサイトなどからのレビューの集計で決まる。
しかし須賀氏の急速な上昇は、各種のヘッドラインを飾ることだろう。彼は43歳だが、かつてはフランス料理の伝説的スーパーシェフであるジョエル・ロブション氏のパーソナルアシスタントを務めていたこともある。
昨年、「スガラボ」は『ラ・リスト』のトップ1000にも挙がっていなかった。
完全紹介制の彼の「秘密の」レストランは、麻布台界隈のコーヒーハウスの裏に隠れており、須賀氏が新たなアイデアや素材を求めて日本中を探し回るために、毎月2、3日は休みになる。
彼は伝統的なフランス料理の訓練を受けた料理人の家庭に生まれたのだが、須賀氏の使う農産物はほとんどすべてが日本のものだ。
皿の飾りつけに食べられるインクを発明するなど遊び心をもつ山本氏は、4年前にミシュランの最高格付けである3つ星を獲得した。
彼はかつて、ポテト、貝、ビーツをワインのボトルに入れてコルクで栓をしてサルシファイを添えた、「1970年シャトー・リュウギン・スープ」と自身で名付けた料理を出したことがある。
彼もフランスで修業を積んだにも関わらず、こう主張する。「私はお客様に料理をお出しする前には常に、『これは日本料理だろうか』と自分に尋ねます。答えがノーなら、それは出しません」
『ラ・リスト』を見ると、日本と中国は地球上でベストなレストランがほかのどの地域よりも多いようだ。『ラ・リスト』は、英国の『ベスト50』リストに比べて「より科学的な」ライバル格付けリストとして4年前に設立された。
国別ではトップ1000のうち日本が130軒のレストランで首位を走っているが、中国は、香港、マカオ、台湾も加えれば、昨年3店が加わり126店と差を縮めつつある。
歴史的に高級料理のお国元であるフランスは116店で3位となり、米国は113店でその直ぐ後に続く。
コート・ダジュールのマントンにある「ミラズール」レストランは、『ベスト50』ではトップに挙げられたが、『ラ・リスト』では他のレストランとともに第4ランクとなった。
同レストランのアルゼンチン人シェフであるマウロ・コラグレコ氏は今年、フランスの外国人シェフとして初めてミシュランの3つ星を獲得している。
英国の有名シェフであるゴードン・ラムゼイ氏は、自身のロンドンの店が、他のレストランとともに第5ランクに格付けされた。
『ラ・リスト』の共同設立者であるヨルク・ツィプリック氏は、中国の上昇はレストランの数の多さや現地で食のガイドがブームになっていることも理由に挙げられると述べた。
しかしイタリア料理は、『ラ・リスト』のデータベースの2万軒のレストランで料理されていることから見ても、依然としてこの地球上で日本料理に次ぐ人気料理だと彼は言う。
ツィプリック氏は、「地元の農産物、サステナブルな魚介、有機食材、そして食の廃棄の回避」などといった環境への配慮が、人々がレストランを査定するときにますます重要な役割を果たすようになりつつあると語った。
オーストラリアで最も高くランクされたのはメルボルンの「アティカ」(第8ランク)で、カナダで最も票を集めたのはトロントの「アロー」で第7ランクだった。
AFP通信